SocialGoodな社会を目指して


 SocialGoodキャリア®では、キャリアコンサルティングを通じた組織と社会の変革を通じて次のような社会の実現を目指しています。キャリアコンサルティングにおいては、あくまで相談者が主体になりますが、コンサルタントのマインドセット(思考様式)がどうしても影響をしてしまいます。この意味から、目指すべき社会のイメージを明確にしています。

 

 『個々の企業が社会と調和しながら、

           市場経済を通じて最大限の公共の福祉(個人の幸福)を実現する社会』

 

 自由経済主義についてはいろいろな批判もありますが、社会主義国のこれまでの現状を見る限り、官僚組織などの人為的な調整を市場の代わりに試みるよりは、自由市場による調整が効率的な社会システムを実現する可能性が高く感じられます。但し、グローバリズムが進みGAFA等が国家の規模を越えてしまい、必ずしも個々の完全競争が保証されない現状からは、アダムスミスの「道徳福祉論」にまで考えを遡る必要があります。そこには以下のように主張されています。

 「人間はいかに利己的であるように思えようと、他人の運命に関心を持つ何らかの原理が本性の中にあるとし、人間が他人と同じ感情を抱こうとする「共感」が、社会を形成とする前提と位置付けた。人間の社会に秩序をもたらすには、各個人が他人から見て「同感」を得られるように行動を律し、さらに社会の正義のルールを侵さないことが必要とした。」 

当然、これに続いて「国富論」は著されていますので、この前提を踏まえていても不思議はないはずです。

 また、そもそも全知全能の「経済人」においては、「外部不経済」(将来にわたる社会的コスト負担)の概念はありえませんので、「市場経済」がより有効に調整機能を果たす為には、カーボンレス社会の実現に向けた「炭素税」のような「外部不経済」を出来る限り市場価格として反映する必要があると考えます。(エントロピーの法則とポストモダン(後編))

 

 昨今、グローバリズムを主導してきたと思われてきたアメリカでさえ、実はグローバルリズムを否定しているようにみえます。日本国内では、アメリカのグローバリズムの戦略の一部として騒がれてきたTTPでさえ、アメリカは早々に撤退を決めてしまいました。(2020年トランプ政権)国際分業は、世界の増大する人口を支え、実際に人々の生活を豊かにしてきました。その意味で本当に現在において世界で反目されているのは、モダン(近代)を支えてきた「経済人モデル」であるように感じます。但し、2020年の全世界で起こったコロナウイルス騒ぎでは、非常事態に対応して「利己心を犠牲にし」、無償で医療に必要な物資の供給に取り組む企業が称賛され、純粋に「利己心」に基づいて経済的な行動しているマスクディーラーやパチンコ店やその顧客が非難され、法的な規制であるとはいえ自由な経済活動を擁護する論調はほとんど見られません。このことから社会ではこれまでも自らの利益や目的の為にだけに純粋に行動する「経済人」思想が幅広く受け入れられているとは感じられません。つまり、我々が変えなければならないのは、経済活動時において、モダン(近代)の時代に生成された「経済人モデル」を前提とした世界を覆う「ナラティブ」「ディスコース」です。この視点から社会を担う「企業や組織」については、ドラッカーも主張しているように「社会的な存在」「社会の公益を増す為の仕組み」と捉える必要があります。

 但し、「社会の正義」とうものも厄介で、いろいろな紛争ではそれぞれの「社会の正義」に基づいて、争いが行われているように見えます。それぞれの正義や理想とする社会をもとに争いが起こっていることから考えると、「社会正義」を見つけ出すという概念もかなり難しく感じます。

 社会構成主義の立場から「会話」を通じて「社会の正義」を見つけてゆく為には、少なくとも大切な点を

1.「お互いの主張を認め合う事」(多声性)

2.「物理的に他者を傷つけたり、精神的に他者を抑制したり否定することを避ける事」(他者の尊重)

等だと思います。

 

 また、ドラッガーも示したように「組織論・経営学」は、概念としてこれらの調和を元来は目指しています。

近代組織論の基となった「経営者の役割」(1938年)の冒頭部分にこの思想が現れていますので、引用しておきます。

「社会改造の文献において、現代の不安にふれない思想はひとつもないが、具体的な社会過程としての公式組織に論及しているものは事実上まったく見当たらない……。

……政治的分野においてみられる信条や利害の対立の多くのもの━それをスローガンで示せば、「個人主義」「集産主義」「中央集権」「自由放任」「社会主義」「国家主義」「ファシズム」「自由」「集団編成」「規律」である━及び産業の分野におけるある種の無秩序は、具体的な状況における個々人の社会的な立場人格的な立場についての考え方を、直観的に、その他の方法で、いずれによっても調和しえないためである。

 

 これらの考えを前提として「社会」は、各種の組織システムが複合して成立している組織の塊として考え、「社会は人々が構成する組織の集合体と捉えます。」この組織自体を良くしようと動きは「組織開発(Organizational Development)」といえます。Developmentは「発達」とも訳しますので、「組織開発」と「組織発達」は英語の概念では統合されています。

 「組織開発」は、それを構成する人々の「人材開発」とも言えます。個々の人材開発は、「キャリア発達」であり「キャリアコンサルティング」の領域になります。

「組織発達」とは、組織や外部環境への適合や組織自体の拡大により、個々の構成員による組織を維持しているナラティヴやディスコースが変化してゆくことと捉えられます。「組織発達」の集積によって、「社会」のナラティヴ・ディスコースが変化(発達)してゆきます。


 キャリアカウンセリングを実施することにより、クライアントの自己概念が「発達」し、その自己概念をもとにクライアントの周囲の組織への働きかける事によって、組織全体の「組織概念」が発達してゆき、またそれら「組織」の集合体である「社会」も変わって(発達して)行くことになるのだと思います。

 このような考えは古くからM.P.フォレットやC.ライト.ミルズの「社会学的創造力」によっても示されています。

 キャリアカウンセリングは、心理カウンセリングとは違ってクライアントの広義のキャリアに関する相談を対象としますので、その内容には必然的に人との関わり(組織)に関する内容が含まれます。その為、キャリアカウンセリングによってクライアントの自己概念が変化すると、必然的にクライアントの周囲への関りが変化しますので、クライアントが関わる環境である組織(ママ友など広義の組織)に変化を与えます。

 キャリアカウンセリングとして経験代謝のメカニズムを基本に接すると、如何に傾聴を主体に行っても、クライアントを映す鏡(バックボーン)となるカウンセラーの知識の広さによって、どうしてもクライアントから映った自己概念が変化をしてしまいます。その点からも、キャリアカウンセリングを通じてカウンセラーの知識がクライアントを取巻く組織に影響を与えてしまうことは避けられません。クライアントを通じた組織の変化は、組織開発と見る事が出来ますから、カウンセラーの活動はどうしても組織開発に影響を与えることになります。

 つまり、キャリアカウンセリングにおける「組織への直接働きかけ」は、「組織概念」に影響を与え、「社会」へも影響を与えることになります。このように考えると、敢えてカウンセラーの自己概念や常識をベースとした「見立て」を行うようなアプローチは、クライアントが指導を求めている場合(キャリアコンサルティング)としては幾分相応しかも知れないですが、組織内キャリアカウンセリングにおいては、その「組織」や「社会」への影響という面から考えると、あまり適切でないといえると思います。
 この意味から、SocialGoodキャリア®では組織内キャリアカウンセリングは、社会構成主義をマインドセットとしたスタンスで行うことにしています。


☆人口減少期(定常系経済)における経済成長の源泉

 

 消費=売価=利益+原価+コスト(人件費を除く)+人件費(自社成長・次期消費の原資)と、捉えてみます。

 企業は「人・物・金」と言われてきたように、人材への投資は次の成長に向かう企業自身への投資、広い意味での社会への投資でもあります。また、人件費が、自社の成長の原資であるのみならず、社会全体の中で、次の消費サイクルの為の原資でもあるという認識を持つ必要があります。しかしながら現在、多くの企業において人件費は単純にコストの中に含まれているのが実情です。

もちろん、利益から生み出される設備投資も大切ですが、これも最終的には個人消費の実態があってのものです。(参考)

 

 高度成長時代で団塊世代を中心に消費人口が増えている状況では、消費を増やすためにイノベーションでなく人件費を含むコスト削減を行い、単価を下げる事が出来れば、消費母数が増えていますので、企業は売上を増やし、利益を出すことが出来ました。また、当時はインフレも伴っていましたし、世界に社会主義的勢力も健在でしたので労働分配率の割も高くなり、結果として人件費の割合も増える事になり、次の消費拡大へのサイクルがうまく回っていました。

 

 しかしその後、人口が減少局面へと移行する中でグローバルゼーションとして、日本独特の終身雇用制に伴う転勤制度などの抜本的な社会構造には手をつけることもなく、働き方の世界基準として、表面上の成果主義や欧米でも認められていない事務系派遣社員の適応拡大が導入されることになりました。その結果、労働分配率が縮小するとともに人口の老齢化に伴う社会保障費の負担増も伴って、個人の所得が減少していきます。人口縮小局面に変わっていますので、これまでのように人件費を含むコストを下げ単価を下げると、当然、次期消費原資である人件費も下がり、社会全体では消費は縮小傾向を示しますので、日本は長いデフレ時代を続けています。この構造変化は人口転換期が起点になっており、この人口減少期に入ることが、ちょうどモダンからポストモダンへの転換の開始時期にも重なっています。

 このように次期消費原資が縮小し消費も縮小する局面でも、企業は高度成長期と同様のコスト競争を行い、人件費を含めたコストダウンを志向続けていますので、次期消費原資である人件費が更に下がるとともに、社会構造の変化に伴って消費税の導入の税率アップにより実質購買力が下がり、その環境に対応する為に、より日本企業はコスト競争に明け暮れざるを得ない悪循環に陥っています。

その事が、欧米諸外国と比べての企業における利益率の低さ、労働分配率の低下となって、日本経済の成長を妨げているように見えますつまり、自由市場での新自由主義経済学における個別最適が、社会的最適になっていない状態に陥っていると言えます。

 これを打開するには人件費(労働分配率)を上げて、次期消費原資を増やすほかありません。

一国のベースで考えても

「GDP=消費+設備投資他=企業利益+原価+人件費(次期消費原資)+その他コスト+設備投資他」であるとも言えるので、人件費を増やすことが出来れば、国全体のGDPを単純に引き上げる効果が出てきます。

 2020年春のコロナウイルス対策としての政府による消費(行動)の規制が、実体経済にどれくらい影響しているかを見ると、経済は消費を回すことが大切であるという事がより実感できました。但し、個人の支出として、税金や社会保障費の負担が大きいと消費よりそちらに原資が吸収されますし、貯蓄に回ると消費は拡大しません。また、消費税も現在の10%だと単純に10回転すると社会的に使える原資は0になることにも注意が必要だと思います。

 

 但し、企業としては市場経済を通して人件費を引き上げる必要がありますので、ドラッガーが指摘するように

 「企業の目的は、それぞれの企業の外にある。事実、企業は社会の機関であり、その目的は社会にある。企業の目的の定義は一つしかない。それは顧客の創造である」

「企業の目的が顧客の創造であることから、企業には二つの基本的な機能が存在する。すなわち、イノベーションとマーケティングである。」

  以上の視点から、企業はイノベーションとマーケティングを通じて、社会全体の利益の為に、人件費の増大が市場で受け入れられるような商品等の開発を行う必要があります。合わせて、その人件費を使った人材は企業にイノベーションとマーケティングを起こす原動力となります。

 ただ、単に全体の消費を増やしてしまうと、人類の外部環境である地球の負荷が課題になって、いろいろな問題が生じてきます。その為に、このような目的はまずは、(本来外部環境から等しく享受できるはずの)富の平準化を市場が推進する為の概念とすべきだと考えます。

 

 また、これらの前提として企業は誰のものかというナラティブ(ディスコース)が社会的に必要になります。

 企業が誰のものかについては、ずっと以前にバーリーとミーンズの論争において、企業は従業員を主とした全ての利益共有関係者及び社会全体のものと決着がついていたはずですが、なぜか株を単に株式市場で購入した資本家のものであるというミルトン・フリードマンの新自由主義が正義であるとの立場からのディスコースが形成され、世界で幅を利かせてしまい今に至っています。

 ミルトン・フリードマンの立場にたったとしても、特定の株主が意識的に企業を通じて市場の操作を行うことは、自由経済主義に反するという認識になるようにも思います。この観点から、株を購入した資本家は「社会的利益を増大させる企業」のサポートを行い、その結果、資本家もその他の関係者と共に、企業が順調に成長すれば、等しく報酬を得るとのディスコースを育成が必要になります。

 この実現を図る為には、既存のコスト競争に明け暮れる大企業に期待するのではなく、高利益+次期消費原資(人件費)増大を実現できる新しい企業群の育成が大切だと考えます。

 SocialGoodキャリア®アクションセンター®では、マインドセットを社会構成主義=ポストモダンとし、「経験代謝」を主体としたキャリアコンサルティングを主体とした組織開発として、マーケティング理論もサポートしながらこのような企業の育成の支援を通じて実現してゆきたいと考えています。