「経験代謝」の活用


 ここでは、「経験代謝」の考え方を社会構成主義に立って対話型組織開発の中で活用する為の考え方をまとめています。


 ①経験代謝とは、

 「経験代謝」は、キャリアカウンセリングにおいて内省を促し、「人」と「経験」のつながりを学ぶ、学びの構造です。つまり、自己概念の成長を促す”学びの構造”と言えます。

(参考:JCDA養成講座 TEXT1 「キャリアカウンセリングとは何か?」)

 傾聴を主軸としたキャリアカウンセリングを行う為の考え方として、役立たせることが出来ます。

 

 これまでの経験を傾聴することによって内省を促し、個人の「意味の出現」を支援し、個人の自己概念の成長周囲環境(組織)との関係性の改善を目指します。(詳しい内容については、下記の書籍等にてご確認下さい。)

 「経験代謝」は、キャリアカウンセラーがクライアントに対して、傾聴をベースとした関りを確実に行えるようにする支援のメカニズムと言えます。ここでは「経験代謝の活用」について、フォレットの思想なども押さえながら「対話型組織開発」の中で活用することを前提に考察しています。

 経験代謝は、「金の糸」(キャリアテーマ)とも繋がっていて、キャリア構成理論にも準拠していますので、社会構成主義に立ちながら支援を行うことが大切です。

(是非、対話型組織開発で経験代謝を活用する為には、「社会構成主義」を理解することが大切になります。)

 

(補足1) このホームページにおける「キャリアカウンセリング」とは、JCDAにおける「経験代謝」を基本としたキャリアカウンセリングを指しています。「経験代謝」は自己概念の成長という形で、クライアントの認知を変化させることが比較的に起こりやすいという点が特徴になります。

(補足2) 「経験代謝」自体については、詳しくはJCDAのサイトや下記の参考書籍等でご確認下さい。

(補足3)キャリアコンサルタントの資格取得後の活用を考察しています。国家資格試験対策向けの内容ではありません。

 

(参考書籍)

立野 了嗣 著

 「経験代謝」によるキャリアカウンセリング 晃洋書房 2017年6月(※1)

 キャリアカウンセラーのためのスーパービジョン(経験代謝理論によるカウンセリング実践ガイド)

 金剛出版 2020年6月)(※2)


②キャリア面談

 「キャリアカウンセリング型組織開発」では、キャリア開発面談(キャリアコンサルティング)として、キャリアカウンセリングの関りを中心に、助言も含めたキャリアコンサルティングも活用するというスタンスです。このスタンスが組織開発で活用する場合にとても重要になります。(参考として、意識マトリクス理論で示すと次のようになります。)



③「組立て」と「見立て」

 

 キャリア面談で社会構成主義に立ちますので、唯一の正解があるような「見立て」は立てずに、次の展開に向けての面談の「組立て」を行うと表現することにしています。

 ここでの「組立て」とは、クライアントとコンサルタントの関係性を中心に、この二人の「協働」作業としての方向性(又は、目的)を社会構成主義的な対話(ナラティブ)を中心に進めてゆく事です。

 「主訴」はあくまでクライアントが決めるものですので、「組立て」は、「主訴」に沿ったキャリア面談の方向性を示すものです。(キャリアコンサルタントの自己概念は基本的には入れません。)「組立て」のイメージは、大まかには添付のような図になります。キャリアコンサルティングの「組立て」に沿って面談を行う中では、「組織」に関する知識がコンサルタントの「リフレクション」を行う際のバックボーンとして大切になります。(添付図の解説「キャリアコンサルティングの進め方」はこちら



ここからは、キャリアカウンセリング型組織開発(対話型組織開発)での「経験代謝の活用」についての考察を進めてゆきます。


④キャリアカウンセリング型組織開発における「経験」の捉え方

 ここでは「経験代謝」を「対話型組織開発」で活用するという観点で、経営組織論の視点での「経験」を確認します。

 

経営学初期において、M.P.フォレットは『創造的経験』(1924年)の中で「経験」について次のように記述しています。

「経験を諸力の相互作用として捉える。つまり、経験をその瞬間、瞬間にいきいきと関係づけてゆくことを通じて、新たな活動に導いていく関係づけの活動(the activity of relating)として捉えるのである。」(P91)「経験とは、そこから目的と意思、思考と理想が生み出されてゆく力の源、つまり発電所のようなものである。」(P141)「自身の利益の評価は、物事を行ってゆくに従って変わってゆく。それぞれの価値の評価は人々の行動を交錯することからもたらされる。価値は「結果としても生じるもの」である。経験がすべての判断の基準を作り出すのである。」(P178)「経験とは、自己生成し、自己充足し、あらゆるものを包含し続けてゆく活動であるという事を知った。」(P191)と記述されています。

つまり、「経験」は、その人、人格そのもの(人格を織りなすもの)であり、その人にとっての次の「価値」を生み出すものでもあるという事が指摘をされています。また、「経験」は常に進展するそれ自体が他者等の諸力との相互作用です。その継続する「経験の交錯」を通じて、「自己概念」(よしとする自分)をそれぞれが獲得してゆきます。つまり、「自己概念」は、それまでの「経験」の交錯を通して獲得した「(よしとしている)考え方、ものの見方」になります。

日々新たな他者との交流において獲得される「経験」においては、他者の「経験」等が新たに入り込んできますので、常に「交錯」が起こります。その時に、自身の経験とその「交錯」する経験が「統合(integration)」され、昇華される場合は良いのですが、「コンフリクト(軋轢)」の状態が続いたり、「抑圧」や「妥協」によって「コンフリクト」が完全に解消されない状態になると、それまでの「経験」から得た自己概念(価値観)が揺らいでしまう状態になります。それらが要因となり、悩みや不快感等が発生すると言えます。他者との相互作用の結果により、それまでの経験を通じて獲得していた「よしとしていた自分の考え方」がゆらぐのです。また、別の言い方をすると、それまでの「経験」から獲得された「ありたい自分」と自己概念(価値観)が新たな経験の交錯によりしっかりと紐づけされなくなり、不安感などが生じるとも言えます。

この解消のために、他者であるカウンセラーとの新たな「経験の交錯」により、「状況の法則」による新しい「統合」を生み出して「解決」を図ろうとすることが、キャリアカウンセリングやセラピーであると捉える事が出来ます。「経験代謝」では、「自己概念の成長」により「自己概念(経験)のゆらぎ」を解消することになります。その為には、「経験代謝」中で「再現すべき経験」として「自己概念(価値観)が揺らいだ経験(経験の交錯)」を再現し、そのゆらいだ経験をした時点の自己概念(良しとしている考え方)を認識することが大切です。これにより「意味の出現」につなげることが出来ます。その「意味」を見つめる事を通じて、その経験から生み出される自己概念の成長(状況の法則)により新たな「統合」を見出だし、「ゆらいだ経験」をも包含した新しい自己概念を確立してゆくことになります。その結果、「ありたい自分」が(再び)より明確になり、フォレストが指摘するように、経験から新たな次の活動に導いてゆく事(意味の実現)ができるようになります。別の表現をすると、ミードの言う「主我」と「客我」が統合されて「自我」が構成されると表現できるかも知れません。

経験代謝においては『「意味の実現」の向かう矢印の先にある「経験」は、「創造した経験」である。相談者が自らの意思によって起こした出来事に対する経験である。』(※2 p46)とも説明されてます。

フォレットが指摘したように、各個人の自己概念(人格そのもの)はそれぞれの経験から形成されます。また、他者との交流の中で、それぞれの経験がコンフリクト(軋轢が生じる)を生み、それが自己概念にゆがみを与えます。この経験に基づく自己概念のゆがみを改めて確認し、新たな行動に移すシステムが「経験代謝」であると言えます。つまり、100年前にフォレットにより指摘された組織内における「経験の交錯」を通じて生じた「コンフリクト」を「統合」へと向かわせる具体的な関りのメカニズムが、「経験代謝」であるとも言えます。

このように「経験代謝」と組織論との結びつきを理解することにより、「経験代謝」を組織開発や組織の中におけるマネジメントにおいてより有効に活用することが出来ます。

 

参考)

「経験代謝」に関する書籍等

 立野 了嗣 著

 「経験代謝」によるキャリアカウンセリング 晃洋書房 2017年6月(※1)

 キャリアカウンセラーのためのスーパービジョン(経験代謝理論によるカウンセリング実践ガイド) 金剛出版 2020年6月

 キャリアカウンセリングとは何か(改訂版) JCDA 2022年3月(※2)

 

 創造的経験  M.P.フォレット著  監訳者 三戸 公 (2017年7月 (株)文眞堂)

 

  《☆立野先生と一度だけロープレで、同じグループにご一緒させて頂いたことがあります。その時に『「経験代謝」だから、(クライアントが表現しにくい気持ちやその時の意識ではなく、)まずは「経験」を聴くのだ。』とご指導を頂いたことがあります。まさにここでの論点でいえばその通りだと改めて思います。「経験」が語られる中から、カウンセラーがクライアントに分かるように感情や意味を映し出すとという事が大切だと思います。》

 

捕捉)

自己概念の成長(コンフリクトした経験の統合)とは、

・当事者意識

・自分を含む世界を客観視できる。

・視野が広がる。俯瞰的に捉える。

・視野が変化する。

 等であり、これらにより個人の状況が変化し(状況の法則)、「コンフリクト」が解決し、新たな統合による自己概念の成長が図られると言えます。

 

「コンフリクト」の解消における「統合」とは、「意識的な過程」。「抑圧」と「妥協」は、ある程度無意識な過程(P97)

「経験」というものを、個人の自己維持と自己回復のプロセスと捉えている(P122)

「経験」の交錯の場が、「協働状況」であり、フォレットの捉える「組織」であったと理解できる。(P122)

 (上記、3項目は、「社会的ネットワーキング論の源流 ━M.P.フォレットの思想━ 三井泉著 文眞堂 2009年9月より)

 

「状況の法則」とは、当事者たちが包摂されている状況自体が指し示すところの、組織全体ないし状況全体とそれを構成する個々の成員がともに前進することのできる道を意味します。別の形で表現すると「状況の法則」とは、問題はある状況下で発生をしており、状況を変化させることで問題解決の糸口がみつけることが出来るとも言えます。

 

フォレットは、個人と個人、個人と全体の「相互作用」を「円環反応」(circular response)と捉えています。「経験代謝」は、「円環反応」も表現しているとも捉える事ができます。

 


⑤「経験代謝」と「創造的経験」

 

 「経験代謝」を対話型組織開発の中で活用をするという視点から、「経験代謝」と約100年前に著された「創造的経験」(経営学・M.P.フォレット)との共通点や相違点などを改めてまとめてみます。

 両者の基本となる「経験」という観点ですが、それぞれが「経験」を個人そのもの(自己概念)をもたらすものであると捉えている点では共通しています。また、過去の「経験」が、創造的経験では「ここから目的と意思、思考と理想が生まれてゆく力の源、つまり発電所のようなものである。」と示されていますが、これは、経験代謝で「経験から意味の実現を生み出してゆく」というように、過去の経験から未来を形作ってゆくという点で両者は共通していると思われます。また、個人を全体性との関係性で捉えてゆくという点においても共通しています。

 逆に未来に向けて「経験」自体をどのように捉えるかという点になると、若干異なる点があります。創造的経験では、経験は「相互の関係づけ」・「諸力の相互作用」と捉えられ、未来に向かってはおのおの経験を持つ個人のコンフリクトを統合することによって、組織や社会を改善してゆくということに焦点が向けられるます。

 経験代謝では、「自己概念の成長」、経験から得られる「個人にとっての意味やその意味の実現」等の個人の内省(心理構成)を促す事に焦点が向けられますが、「意味の実現」として最終的には意識は未来に向けらます。創造的経験と経験代謝では「経験」に対する焦点の当て方が少し違うと捉えることも出来ますが、「対話型組織開発」という視点も加えると「個人の内省による意味の実現による変化は、周囲の環境である他者や属している組織にも変化として影響を与える」という視点から、経験代謝のメカニズムが組織や社会でも積極的に活用する事が出来ることが理解できます。

 経験代謝においても、「経験」の相互作用に関連する説明として、「人」と「社会」の項目において、

「キャリアカウンセリングは、個人の「つながり」を通し、社会へとつながってゆく。」

「キャリアカウンセリングとは、個人の「つながり」を通して、「人と人」「人と組織」などさまざまなレベルでの「つながり」を作って影響をおよぼしてゆくことではないか。」

「自分たちの目の前にいる個人に働きかけることで、個人の背景に広がる社会につなげてゆくことを意識していく必要があると考える。」とされています。

  (引用 ※2 キャリアカウンセラーのためのスーパービジョン 立野了嗣著  金剛出版 2020年6月

                                                                                                             ➋経験代謝理論に基づいたキャリアカウンセリング ③ P7  )

 

 以上のように、フォレットの示した「創造的経験」は、組織内における「経験代謝の活用」を考える上で「経験」という概念についてより深い理解と視点を与えてくれます。


⑥「経験」の概念について 

 

 キャリアカウンセリング型組織開発®を実践する上の「経験」という概念について分類をすることで活動の整理をします。

 「経験」は、通常は共通の認識がある前提で語られることが多いのですが、特に、対人支援の世界では「経験」自体に関して複数の種類があるか、又は「経験」自体をつかみ取る受け手の感性によって「経験」自体が複数の階層に分かれているとも考えられます。(実際には以下の「経験」の内容には、重複する部分もあると考えます。)

  1.  「経験」、いわゆる一般的経験です、各個人として過去にあった事実としての認識になります。
     入社時等の採用面接で、面接官から問われる経験とほぼ同じレベルのものです。
  2. 学習的「経験」、「経験」からなんらかの知識を得るという「経験」です。幅広い意味で「研究」等も含まれます。
  3. 人生の経歴としての「経験」、それぞれの外部環境の認知が発生します。他者との差別化という感覚でしょうか。イメージはフォレストの「創造的経験」での「経験」になります。キャリアコンサルティングにおける「経験」とも捉えられます。
    どちらかというと外観的な(社会構成主義の)経験です。
  4. キャリアカウンセリングにおいての自己概念を形作る「経験」、3とも近いのですが、他者との関わりはなく、内観的に(心理構成主義)「自己概念」に影響を与える「経験」です。「経験代謝」やサビカスのロールモデルにおける「経験」というイメージでしょうか。「啓発的経験」とも言えます。前意識(先週の今日の夕食に何を食べたか等)にある「経験」も含まれると考える事が出来ます。
  5. 臨床心理的な「経験」、心理の奥底に横たわる無意識の「自我」に強く影響を与えたような経験です。病理等に影響を与えている「経験」というイメージになります。サビカスは、「幼少期の思い出」の経験はこれに近くなることもあるので、注意が必要であると指摘しています。無意識の領域にアクセスするような経験とも言えます。

 上記の「経験」の種類という視点で考察すると、キャリアコンサルティングでは1を含んで2・3レベルを中心に、キャリアカウンセリングでは更に3・4レベルを中心に「経験」に関わってゆくというイメージでしょうか。

 キャリアコンサルタントの資格では、5の経験については踏み込まない・触れないのが基本スタンスだと考えています。そのような経験の話の兆候が出た場合はリファーを考える必要があります。

 

 「経験」に触れるという議論をする時は、このような「経験」の内容についての概念も重要になります。この視点からは、「経験代謝」で指摘される「再現すべき経験」についての理解も深まるように思います。

 時折、カウンセラーやセラピストからキャリアコンサルタントレベル程度の知識で「経験」に関わるのは危険だというような指摘もみかけます。一方で社会では企業の採用面接で応募者の「経験」も確認しますが、面接官の行為を同様に危険と指摘するような言説はあまり見かけません(もちろん危険な場合もあるでしょうが)。また、「創造的経験」で提示されているように、100年以上前から社会学・経営学(組織論)においても「経験」についての議論がなされています。このことからも「経験」がセラピストやカウンセラー等の専門性の中だけにあるものではないという事にはなります。つまりそれぞれの専門分野や資格に見合った知見の範囲内で相談者と適切なレベルの「経験」の範囲で関わるという事が大切になります。(サビカスもそのように指摘をしています。)

(参照)

  特にキャリアコンサルタントについては、出来れば触れることを避けたい経験の範囲があることを念頭に、面談に入る前やインテークの段階で、クライアントの通院歴の有無や病状等の情報についてよく確認をしておく必要があります。また、リファーに備えて、日頃からカウンセリングの周辺知識を常にしっかりと学習し理解しておくことも大切になります。

 

参考)

キャリアカウンセリングとは何か(改訂版) JCDA 2022年3月(P9)より

 クルト・レヴィンとジョン・デューイによる経験とは

 社会学者クルト・レヴィンは、B=f(P ・E)という公式を提唱しました。Bは「行為」、Pは「個人」、Eは「環境」です。つまり、個人の行為は個人的特性とその個人を取巻く環境特性との関数だ、という訳です。

 アメリカの哲学者であり教育学者でもあるジョン・デューイは「経験と教育」という本の中で、「経験とは客観的条件と内的条件の条件の相互作用だ」(著書での表現を簡略化)と述べています。つまり、レヴィンのB「行為」のところに「経験」が置けるのではないかと考えます。経験代謝でいう出来事(事柄)がデューイの客観的条件で、考えや感情が内的条件に対応するのではないかと考えます。


 上記のように「経験代謝」の考察を試みてはみましたが、「経験代謝」のメカニズムにおける内省を促す仕組み・意味の出現等を簡潔に知らない他者に説明するとなるとなかなか大変です。「経験代謝」は、まだまだJCDA以外の方の認知は低いように感じますので、「経験代謝」自体についてはJCDAのこちらの情報を参照して頂く方が良いと思います。

 このような状況でもあり「経験代謝」を基としたキャリアコンサルティングを、ロジャーズの「傾聴」を主体としたカウンセリングと勝手に混同されて、「傾聴」ばかりで時間ばかりがかかる、「見立て」が見えないので方向性が見えないなどと、他のキャリアコンサルタント等から誤解を含んだ指摘を受けることもあります。

 このような指摘については「意識マトリックス理論」を利用して、「見立てを展開する診断的なキャリアコンサルティング」と「傾聴を主体とするキャリアカウンセリング」の併存する枠組みを確認することが出来ます。

 次にこの「意識マトリックス理論」の枠組みによる考察について簡単に触れておきたいと思います。


⑦意識マトリクス理論によるキャリア開発面談(キャリアコンサルティング)と経験代謝(キャリアカウンセリング)の理解

(⇒意識マトリクス理論の領域の解説はこちら

 

(A)一般的なキャリアコンサルティングにおいては、基本的に「見立て」が存在します。つまり右の図のように、キャリアコンサルタントの意識は「見立て」に向いています。

 対話の流れとしては、来談目的の確認(C/C領域)から「見立て(医師的な関り)」に沿って、解決案の提示(S/C領域)へと進むことになります。これがキャリアコンサルティングとして成立する要件としては、クライアントのキャリアコンサルタントへの信頼が医師等と同等のレベルであることが必要になります。同等の信頼感が得られずに上記のような関りを行った場合は、逆にクライアントからの信頼を失う事もあります。また、図にあるようにクライアントからは分かってもらえていない等の不満足につながってゆきます。

 このような本質主義的な関りのみだけでは、プロセス・コンサルテーションを念頭に置く対話型組織開発での活用は難しくなります。    (⇒詳細の説明はこちら)   

 

 キャリア面談においては、C/S領域に向かう経験代謝としての関りである「経験の傾聴とリフレクション」の関りが重要になります。これらは「経験代謝」のメカニズムで重視をされていますが、これらを実践することは実はそれほど簡単ではありません。

 一方で、一般的なシスティマティック・アプローチについては、その評価をクライアントとキャリアコンサルタントの双方が行うという視点からも理解できるように、あくまで双方が意識出来るC/C領域又はその拡張領域において行われると捉えられます。

(⇒詳細の説明はこちら) 

 

 

 続いて、意識マトリックス理論で「経験代謝」のメカニズムを俯瞰します。

 この図でわかるように、「経験代謝」では「経験の傾聴とリフレクション(クライアントの鏡になる)」がより主体となります。

 来談目的・主訴の確認(C/C領域)⇒経験の再現(C/S領域)⇒意味の出現(S/C領域)⇒自己概念の成長(S/S領域)⇒意味の実現(新C/C領域)という円環的反応(代謝)が想定されています。

 本質主義的な価値観からの問題解決を急ぐ(気持ちを中心に訊く)・カウンセラー中心の展開(一方的な状況把握の詰問)等を行うことは、原則として「経験代謝」の枠組みでは避けるように推奨をされています。キャリアコンサルタントの意識を主体にS/C領域に突入するような関りを行うと、クライアントは答えることが出来ない領域ですので、仮に応答があったとしてもクライアントの本音とは関係のない一般的な内容になってしまうからです。

 この様にならないように「経験代謝」では見立てを立てずに、「来談目的の確認」(C/C領域)から「経験の再現」(C/S領域)に展開します。「経験代謝」では、キャリアコンサルタントの意識は「傾聴」に向いています。但し、「傾聴」だけでクライアントの課題が解決するわけではありません。「経験の再現」⇒「意味の出現」⇒「意味の実現」までの展開が「経験代謝」です。「傾聴」に加えて「クライアント鏡になる」「自己概念の影」を認知し、「問いかける技術」も大切で、しっかりとクライアントに対してロジャーズの指摘する「リフレクション」を行うことが重要になります。

(⇒「経験代謝」についての詳細の説明はこちら) 

      

 本質主義的な関りとは、傾聴をしながらもクライアントの中に解決の答えがあるとか、周囲との関係性において解決に結びつく答えがあるとの本質的な問題の存在を仮定することも含まれます。(キャリアカウンセリングにも正解の形があるという考えもこれに含まれます。)社会構成主義的な関りとは、クライアント自身や彼の周囲との関わりに元来問題などは存在せず、クライアントの自身の認知・発言や、周囲との対話による課題(軋轢)が発生していると捉えます。

 但し、本質主義と社会構成主義は階層的には併存していますし、またクライアントは特定の時点での本質主義的な課題解決を求めていることが多いこともあり、上記の図のようにそれぞれエリア(階層・論理階梯)を行った来たりすることを意識しながら、キャリア面談(広義のキャリアコンサルティング)で関わることが大切になります。


⑧「傾聴」について

 「経験代謝」を含めてカウンセリングの中でたいせつなこととして、「傾聴」があります。

「傾聴」を行う前提は、カウンセリングのロジャーズの理論における「治療的人格変化の必要にして十分な条件」(Rogers 1957)が基本になります。カウンセリングにおける「中核条件」論といわれています。

 ロジャーズは、カウンセリングの目的を「不適応者に適応を促す特別な行為」と言っています。(※2 P50)

ここでも「経験」という表現が多くみられますので再確認しておきます。

 

①心理的接触

 二人が心理的に接触していること。クライアントとカウンセラーの間に心のつながりが生じている事。

②不一致

 クライアントは、自己概念と経験が不一致な状態、すなわち、傷つきやすい不安な状態にいる

③一致

 カウンセラー(又はセラピスト)は、この関係の中で自己概念と経験が一致している

④無条件の肯定的配慮、受容

 カウンセラーは、自分が無条件の肯定的配慮をクライアントに対して持っていることを経験している 

 クライアントを「ただそのまま」受け止めてゆくこと。受容とは、今その人の気持ちを「ただそのまま」受けとめることである

⑤共感

 カウンセラーは、自分がクライアントの「内的基準枠(相手のものの見方、感じ方、受け取り方、価値観など)」を共感的に理解していることを経験しており、クライアントに、この自分の経験を伝えようとしている。(今ここの経験を)クライアント自身に吟味し、チェックしてもらおうとする姿勢が重要である。 【( )内は、ここでの論点を踏まえての補足記入】

⑥共感と受容に対するクライアントの認識

 クライアントには、カウンセラーが共感的理解と無条件の肯定的配慮を経験していることが、必要最小限は伝わっている

《マンパワー キャリアコンサルタント養成講座 テキスト2 ロジャーズの項目より抜粋》

 

  この中では、特に、②不一致、③一致という部分で、「経験」を漠然と捉えているとなかなか理解が難しかったのですが、フォレットの定義する「経験」をあてはめてみると、「経験」の交錯は絶えず行われており、他者との交錯=「経験」=その人の考えを作るもの=「自己概念」という点が理解出きると、より「一致」・「不一致」の説明も理解しやすくなります。

 経験代謝では、一致については『経験を踏まえた良しとしている自分が揺らいでいない状態』、不一致は『揺らいでいる状態』と表現されます。

 



「経験代謝」における「意味の難しさ」についての考察

 

  経験代謝では、「意味の出現」・「意味の実現」や「自己概念の成長」を意識しますが、実際にはその「意味」や「自己概念の成長」をキャリアコンサルタントがをつかむことはなかなか難しいものです。なぜなら、我々はクライアントの「行動」を観察できますが、クライアントの「行為」の意味はお互いの相互作用を経ることによってしか近づけないからです。ですから、「意味」や「自己概念の成長」を完全にキャリアコンサルタント側が理解するのは難しいと思います。その点について、長らく実務を経験されているキャリアカウンセラーの方がFBに以下の内容を出されていましたので、引用してみます。

 

『(クライアントの)「意味」の怪しさ 

 その人にとっての生きる「意味」を探り当てて、その実現を目指すキャリア支援方法は、私にとっては難しい。

 ① 相談者が抱える文化の違い。その人の言葉や語る内容が受け手の私と隔たっている。時に未知や不明があっても、その人が語る言葉や物語を自分流に解釈してしまう。その誤解のまま話が進むことが起こり得る。  

 ② 多義性のあるあいまいな表現にカウンセラー側が、それを仮にAという言葉で名付けてしまうと、相談者側は多少の違和感を感じていても、その符号Aに呼応して、元々描いていた像を置き去りにして答えてしまう。するとカウンセラー側のA世界に乗せられたままで進展する。 

 ③ カウンセラー側の言葉の使いようで、意味がずれていき、そこで話される内容が変わってくることもある。

 例えば、こんな例。

 上場企業出身のカウンセラーさんが、「充実した人生を送りたい」と相談しに来た人に「あなたの人生の目的は何ですか」と聞いたとする。 カウンセラーさんのこれまでの人生は、企業社会のなかで、目標を設定し、それを阻害する物(敵)を排除することが人生の充実だったかもしれないけれど、相談者側は創造や表現に充実を感じる人だったとする。そこには敵のイメージはない。もし、カウンセラーさん側の生きる意味の固定イメージだけで進むなら、この出会いの進展はむつかしい。 

 世の中は、多様性とか人それぞれだよ、と言いながら、じつは、一定の文化や風土の中での成功イメージからなかなか抜けだせない人たちが多い印象を受けている。多様な文化、異質な価値観の理解、受取方の訓練のほうが、「意味」の発見に傾倒するよりも先にあっていいのではないかと思っていますが、どうでしょうか?』

  

以上のコメントからは次のような点を注意する必要があるように感じています。

  1. 「意味」と云うのは、あくまでクライアント自身の中にあるものである。
  2. 「見立て」を行う場合は、クライアントの意味をカウンセラーが自分流に解釈をした上で「見立て」が更に行われることになってしまうので、クライアントの実態(意味)から離れてしまうリスクも高い。
  3. クライアントが「意味」を発見し語ったとしても、カウンセラーが受け取る内容はやはりどうしてもカウンセラーが解釈をした上での「意味」でしかない。(参考:(観察できる)行動と(主体の意思が伴った)行為の定義
  4. クライアントの「意味の出現」を本当の意味でカウンセラーが確認することが出来ない以上、「意味の実現」で見られる行動がクライアントの「意味の出現」に沿った行為であるかどうかを確認することも実際はかなり難しい。 その為、キャリアカウンセリングを自己概念の成長と捉えると、「見立て」を立てても実際には成果の確認をカウンセラーが出来ない為、やはり(ここで定義している医師的な関りである)「見立て」は基本的には経験代謝にそぐわないとも言える。
  5. このように考えてみると「経験代謝」のメカニズムでも、「意味の実現」というクライアントの着地を100%理解することはかなり難しい。 ある程度にキャリアカウンセラーからは離れた事象になってしまうという認識も大切になる。
  6. クライアントの「意味」を感じるというのは、クライアントを映すカウンセラーのバックボーンの知識の幅が幅広いほどクライアントの「意味」に共感できる可能性は高くなる。キャリアカウンセラーはバックボーンとなる知識を広める、深める努力を常に行う必要がある。 また、多様性を理解する必要がある。

 上記のポイントは、キャリア面談を実施するにあたっても、いつも意識しておくことが大切になります。キャリアコンサルタントは自身の確立された価値観をもとに理解するよりは、多様な価値観を理解しているという事が大切になります。キャリアコンサルタントが相談者の語る物語を自身で全体で感じながら、クライアントと一緒に「統合」ができるような「組立て」を進めてゆくことが大切です。ここでの「統合」はあくまでクライアントが主体ですが、面談ではどうしてもキャリアコンサルタントの価値観が相互作用として入ってしまう事も踏まえて、キャリアコンサルタントとクライアントの意識の「統合」という考えをとっています。

 

 表記の先生が続いて次のようなコメントをされており、参考になるので再び引用します。 

 『 難しいかもしれないですが、先入観を取っ払って、相手の方より、低い目線で、耳を傾けるのも大事と感じています。(カウンセラーの)いろんな過去の蓄積は、生きることもありますが、かえって邪魔をしていることに気付かない時があるのも、気をつけたいところと思っています。』 

『ナラティブ・セラピーをはじめ、多様な個性や社会的、精神的背景を持つ人達に高い適応性のある社会構成主義の流れを組む支援方法は、今後ますます重要視されるのではないかと思っています。』

 「経験代謝」のメカニズムにてキャリアカウンセリングを実施するにあたっては、やはりマインドセットを「社会構成主義」に置くことが重要に思われます。


「経験代謝」と「D・コルブの経験学習モデル」について

 

 組織行動学者のディビット・コルブは、デューイの「経験から学ぶ」という思想を、ビジネスパーソンにも判り易いように2次元化して、「経験学習サイクル」として表現しました。デューイの「経験から学ぶ」とは、「知が生まれるのは、経験を振り返るとき、リフレクションする時だ」と言いました。私たちは経験から(直接)学ぶのでない、経験(experience)を内省(reflection)する時に学ぶのだ、ということになります。ここでのリフレクションとは、「経験を意味づけ、学びにつなげていく認知的作用のこと」を言います。(組織開発の探求 2018年10月 ダイアモンド社 p78~79より)

 ここでの見解は、「経験代謝」と「経験学習」は少し違うのではないかという事です。経験代謝は、ある特定の経験の連なりを自己概念の成長という視点から捉えますが、経験学習モデルはそれよりももう少し意味が広く、いろいろな経験から次につながる知を習得するという面が強いように感じます。ただこの違いをまとめるとなるとやはり大変そうですし、「経験代謝」とは内容が大きく離れていきそうですので、「経験学習」に関しては下記を参照して頂くに留めておきます。

 経験学習の理論的系譜と研究動向 中原 淳著 日本労働研究雑誌(2013年10月号より)


⑪経験代謝の「限界と効用」について

 

 「経験代謝」においては、「効用と限界」というものが前提として存在してるとされています。(JCDAの研修で配布されています)しっかりと確認して意識しておくべき大切な点になります。(詳細内容は技能講習等での資料でご確認下さい。)

 

 「効用」としては、

 「経験代謝は職業人生での職業選択や悩みだけではなく、人生のあらゆる場面で、相談者が主体的に生きることを支援することが出来る汎用性の高い理論である。」とされており、この部分についてはここまでで確認してきた通りです。

 

 一方で「限界」として、

  1. 「内省」が機能しない場合
  2. 継続的な支援が難しい場合
  3. 取り敢えず今の状況をうまく対処する必要がある場合

 以上の3点に注意が必要だとされています。

 

 但し、内省が機能するクライアントかどうかを事前に判断することは難しいですし、また、クライアントとの関係性や「主訴の解決」で面談が早くに終了する場合もあり、継続的な支援になるかどうかを事前に把握することも難しい場合や「急いで解決するべきかどうか?」もなかなか面談してみないと事前には判りませんし、急いで緊急だからこそ「経験代謝」の「経験の再現」が必要な場合もあるように感じます。

 これらの点に関しては、ナラティヴ・セラピーやブリーフセラピー等の社会構成主義の理論をより意識することにより、これらの限界に触れることなく扱う事も可能になることもあるように感じています。

 もちろん、キャリアコンサルタントのみの資格で、いわゆるメンタルのグレーゾーンの方や明らかに心に傷を負っているかも知れない方などに『ストレートに経験の振り返りを通じて過去の「自我」に踏み込もうとするような対応をすることは危険である』という認識は持たなければなりません。

 しかし、「経験代謝」を適切に理解しながら対応することにより、「限界」というものを意識しながらもいろいろな場面で充分な効果を発揮することは可能だと考えます。

  「経験代謝」では、複数回のまとまった時間の面談時間が取れなければ、自己概念の成長を促せないという面もあるかも知れませんが、「経験代謝」を用いた一定レベルのロープレの15分間であっても満足を感じられる事もありますので、質の深さの問題はありますが、ブリーフセラピーの視点等も応用すれば、「経験代謝」を行う場合でも回数や時間自体は大きな問題ではないようにも思います。

 カウンセラーとして持つべき一定レベルの注意をすれば、組織内キャリアという問題にしっかりと焦点をあてている限り、より幅広い範囲で「経験代謝」を十分に活用でき、クライアントに適切に対応が出来る可能性があります。

  但し、頻繁に自己分析をする人ほど、憂うつや不安に陥り易く、幸福度が低くなるという研究等もありますので、当然ですがいろいろな点に関しての注意は必要で、出来るだけ最新の知識が必要なことは言うまでもありません。

 






「経験代謝」と変容的学習理論

(Coming Next) P408


ピアジェの「認知の同化と調整」

 シェマ(認知構造)

 「同化」とは、シェマが豊かになる

 「調整」とは、シェマを変更する

 

認知は、同化と調整により成長する

    ⇒分割・階層化⇒高度な認知⇔均衡化

 

認知科学 Congnitive Science

⇔神経科学 体内の電気信号やホルモンの働き

 認知科学は「心理学」「人類学」「言語学」「神経科学」「情報科学(人工知能研究)」「哲学」等が関連し、学際的

 

      ⇒猫と区別する=「調節」

 「犬」と「猫」を見分ける

  ⇒犬と認知するシェマ

 

クリティカル シンキング 「批判的思考」

 前提が正しいのか検証をした上で本質を見極める事

     仮定⇐根拠をデータで証明