意識マトリクス理論の活用


 「コミュニケーション領域における意識マトリクスマップ理論(以下、意識マトリクス理論)【井上昭成,2020】」は、社会構成主義の視点から対話を通じてどのような変化をもたらすのかを示す理論です。「キャリアカウンセリング型組織開発®」の基礎となる「社会構成主義(と本質主義)」・「対話型組織開発」(プロセス・コンサルテーション)・「経験代謝」・「経営組織論」等の取組みの考え方は、意識マトリクス理論で示される共通の枠組みによってより明確に理解することが出来ます。「意識マトリクス理論」では「傾聴とリフレクション」というカウンセリングの基本的スキルがキャリアコンサルティングだけでなく、組織内の各種活動やマーケティング・イノベーションでも活用できることが理解できます。つまり、キャリア開発・組織開発からマーケティングやイノベーションの創出までつながる枠組み(関わり方)を同じ仕組みで理解することが可能になります。

 キャリアコンサルティングの基本的なスキルが、キャリアコンサルティングだけでなく、企業でのいろいろな場面(産業領域)で活用できるということが明確になる「意識マトリクス理論」の概要とその展開の考え方についての解説を進めてゆきます。


「意識マトリクス理論」に関する論文のダウンロードはこちらです。

「マーケティング実務における初心者理解促進と品質向上の為の定性調査体系の試み」(井上昭成,2020)

「意識マトリクス理論」についてのマーケティング関連の詳細情報は、こちらを参照下さい。


Ⅰ.意識マトリクス理論

 キャリアカウンセリング型組織開発®においては、「傾聴とリフレクション」を活用します。

 基本的なキャリアコンサルティングにおいてなぜ対象者の「経験」を傾聴する必要があるのかという点等を「意識マトリクス理論」(井上昭成,2020)にてより理解できます。合わせて、「傾聴のスキル(キャリアコンサルティング)」が企業社会のいろいろな面で役立つということを考察してゆきます。

  「意識マトリクス理論」は、マーケティングにおけるグループインタビュー(特にWEB)における課題解決を考察する中で生まれた「アクティブ・リスニング・インタビュー(ALI)」の基礎となる対話を相互の関係性の枠組みとして考察する理論です。もともとは、マーケティングにおけるグループダイナミックインタビュー(GⅮⅠ)において「正のグループダイナミックス」をいかに構成し、マーケティングの成果へとつなげてゆくかという視点で構成されています。 

 注1)マーケティングにおけるGDIにおいて傾聴の重要性を説いたアクティブ・リスニング・インタビューという概念。

 注2)  GⅮⅠ(グループ・ダイナミック・インタビュー)、アクティブリスニング(積極的傾聴)。

 

 それでは、最初に基本となる「コミュニケーション領域における意識マトリクスマップ」についての解説から進めてゆきます。 


  下の図においては、グループインタビューにおける枠組みとして、横軸には調査主体(インタビュアー・リサーチャー)置き、意識出来ていて質問できる領域(/C領域)と無意識で質問できない領域(/S領域)とに分けます。縦軸には「調査対象(対象者)」を置き、意識出来ていて話せる(答えられる)領域(C領域)と無意識で話せない(答えられない)領域(S領域 )を分けます。

つまり2者の関係性において、それぞれの意識出来ている領域と意識出来ていない領域を想定します。ジョハリの窓とも似ていますが、対話における関係性を表しているという点で異なっています。


 では、基本となるそれぞれの領域の特性を確認します。

 

 ①C/C領域「話せる領域/質問できる」

  1. 調査対象側は意識が出来ていて「話せる」
  2. 調査主体も意識出来ていて「質問できる」
  3. 双方が意識が出来ていて、対話ができる領域になります。通常の対話が行われる領域です。
  4. 対話の中でコンフリクト(軋轢)が発生する可能性もあるので、参加者の中で「抑圧」や「妥協」が発生していないか注意をする必要があります。このような状態を避ける為には、調査主体からの適切なラポール形成の準備が必要になります。

 ②S/C領域「話せない/質問できる」

  1. 調査対象者は意識出来ていないので「話せません」
  2. 調査主体は意識出来ているので「質問できます」
  3. この領域では、調査主体が質問をしても、調査対象者は意識が出来ていない(話せない)ので、表面上の受け答えをしてしまう可能性が高い領域です。

 ③C/S領域「話せる/質問できない」

  1. 調査対象者は意識が出来ているので「話せます」
  2. 調査主体は意識出来ていないので「質問できません」
  3. この領域は、調査主体が意図的には到達することが出来ないエリアです。
  4. 他の/S領域にて、調査対象者の意識や経験をしっかりと反映させる為にはこの領域での展開が重要になります。

 ④S/S領域「話せない/質問できない」

  1. 調査対象者は意識出来ていないので「話せません」
  2. 調査主体も意識出来ていないので「質問できません」
  3. この領域は、マーケティング(イノベーション)調査の目的が消費者(調査対象者)がこれまで見た事が無くマーケッター(調査主体)が未だ考え付いていないアイデア(創発)を生み出す事であることを考えると、調査本来の目的(答え)が隠されている領域になります。
  4. 但し、双方が無意識の領域なので、到達をすることが難しい領域です。

 続いて、より具体的にグループインタビューにおける「調査主体側と調査対象側の意識の方向性」として確認をします。マーケティングにおけるグループインタビューにおいて、それぞれの領域で起こることを踏まえながら、正のグループダイナミックスを生み出し、新しいアイデアやコンセプトを生み出す「創発」に至る枠組みを提示します。現状のマーケティングの状況を理解することが出来ます。

 

 下図の「調査主体側と調査対象側の意識の方向性」においては、調査主体側の意識は自らの「商品・サービス」に向いており、調査対象側の意識は消費者として「生活」実感に向いています。

それぞれの領域でどの様な事が起こるのかを確認してゆきます。

 

 ①C/C領域「話せる領域/質問できる」=質疑可能領域

  1. 調査対象側は「生活」への意識があり「話せます」
  2. 調査主体も「商品・サービス」への意識出来ていて「質問できます」
  3. 双方で意識が出来ていているので、「生活」に関する「商品・サービス」について現実的な確認ができる領域になります。
  4. 但し、双方が意識出来ているがゆえに、調査主体としては新たな気づきとなるような結果は得られない領域です。
  5. この領域のみの調査では、現状認識の肯定・強化という位置づけを持ちます。
    意識されている領域の分析結果ですので、調査結果としては目新しさのないものとなってしまいます。
  6. 双方の意識がある領域であるゆえに、インタビュアーと調査対象者との間で軋轢(コンフリクト)が起こる可能性もあるので、調査主体はよりしっかりとラポール関係を築く必要があります。

 ②S/C領域「話せない/質問できる」=提示・観察(深堀)領域

  1. 調査対象者は、提示されている「商品・サービス」の生活での実感(経験)がないので「話せません」
  2. 調査主体は、自らの「商品・サービス」が意識出来ているので「質問できます」
  3. この領域では、調査主体が「商品・サービス」に関する意識はありますが、一方で調査対象者側がどこまで「商品・サービス」に関する意識があるのかは把握することが出来ません。その為に、調査主体はC/C領域と同様に調査対象側に意識があると仮定して、話や質問を進めてしまいます。
  4. この結果、調査対象者側としては調査主体から、今まで意識をしたこともないような経験を訊ねられてしまう領域になります。調査対象者は、実際の経験はないので答えようがなく、解答がわからずに詰問(Asking)されているようにも感じます。
  5. インタビュアーという「答えなければならない」相手から話せないことを訊かれると、調査対象者は「通念」や「常識」で話さざるを得なくなります。
  6. 調査主体が「商品・サービス」に関する質問をしても、調査対象者側はそれまで伴った「生活」実感の意識がないので、上記の事情により表面上の受け答えをしてしまう可能性が高くなります。自らの「生活」経験に基づかない、その場で得た情報や一般的な知識を基に迎合的で当たり障りのない返答をしてしまいがちです。

    調査主体 「この商品を買いたい気持ちはありますか?」
    調査対象者「(考えた事もないが、買わないと言うほどの事でもないな。)はい、機会があれば購入したいと思います。」
    調査主体 「このデザインは購入したくなるようなデザインですか?」
    調査対象者「(デザインのことは良く分からないが、今聞いた説明からだと悪いとも思えない。買わないということもないな。)はい、購入したくなると思います。」
     上記の例のように、この領域で調査主体の思い込み(自己概念)を視点に質問を構成してしまうと、本来の目的をミスリードしてしまう回答を得てしまう可能性があります。
  7. 「商品・サービス」に関する上記のような返答は、「生活」経験に基づいたものでないので、マーケティングの成果としてはあまり価値のないものになると伴に、逆に調査主体の意識が反映したものとなるリスクがあります。
  8. 通常のマーケティング調査では、調査主体の「商品・サービス」を意識した質問形式を採用することにより、この領域に入ってしまい、マーケティングの成果につながりにくくなってしまいます。
  9. 上記のような状況を避ける為には、インタビュアーはまずC/S領域に展開し、調査主体は調査対象者の生活経験をまずよく「傾聴」してから、この領域に戻ってくる必要があります。

 ③C/S領域「話せる/質問できない」=傾聴領域(⇒「宝の山」の領域)

  1. 調査対象者は、「生活」への意識があり「話せます」
  2. 調査主体は、既存の「商品・サービス」からは認識範囲外ですので、「質問ができません」
    この領域は、調査主体が意図的な質問によって到達することが出来ないエリアです。
  3. 一方でこの領域では、調査主体が調査対象者の「生活」実感に基づいた新たな「商品・サービス」の可能性を発見できます。
  4. 調査主体が新たな「商品・サービス」の可能性を見つける為には、まだ意識が出来ていない調査対象側の「生活」に関する実感を認識する必要があります。
  5. この為には、調査主体は質問できないので、調査対象側の生活経験をしっかりと「傾聴」する必要があります。
    (ここでの「傾聴」は良く聴くという一般に想定されているものより、若干難しいものである。自らの「商品・サービス」に関する知識などを一旦棚の上において、積極的に(Active)に傾聴(Listening)する必要があります。)
  6. ここではしっかりと「傾聴」するのですが、調査対象側から語られる内容が本来の目的から大きく乖離してしまわないように、しっかりと語られる内容に対しての「枠組み」を準備し、提示してゆく必要があります。

 

 ④S/S領域「話せない/質問できない」=イノベーション領域(未知の領域)

  1. 調査対象者は、生活実感としての「経験」が存在せず、「話せません」
  2. 調査主体も、既存の「商品・サービス」の意識外なので「質問できません」
  3. 以上の点から、通常の調査インタビューではなかなか到達が難しい領域です。
  4. この領域に到達する為には、C/S領域における「傾聴」と次に示す「ホンヤク(リフレクション)」やそれに伴う新たな「気づき」が必要です。
  5. この領域には、まだ誰も気づいていない「新商品」や「新サービス」が眠っている領域と言えます。

続いては、「傾聴」やC/S領域とS/C領域を結びつける「ホンヤク」の役割とS/C領域(深堀領域)に展開する方法を確認する為に、意識マトリクス理論(メーカーと消費者の意識の方向性)を使って説明をします。


Ⅱ.メーカーと消費者の意識の方向性

 メーカーと消費者の意識マトリックスの枠組みで、「正のグループダイナミクス」や「創発」の実現に向けた「傾聴(Active Listening)」と「ホンヤク」の機能を確認します。

 

  下図は、意識マトリックス理論における「メーカーと消費者の意識」の方向性を示したものです。

・メーカー(製造者)の意識は「商品・サービス」に向いており、

・消費者の意識は「生活課題」に向いています。

ここでも、同様にそれぞれの領域の特性を確認してゆきます。

 

 ①C/C(現実)領域(軋轢の領域)

  1. 消費者は「生活課題」への意識があり「認識があります」。企業も「商品・サービス」への意識出来ていて「認識できています」。
  2. 双方が意識が出来ていているので、「生活課題」について「商品・サービス」で現実的に解決できるかどうかが認識できる領域になります。
  3. この領域の「生活課題」の解決は、消費者は「商品・サービス」の効用が理解できているので、消費者が「生活課題」に対して、既存の「商品・サービス」を購入するという形で解決されます。その為、ここでの解決は消費者が主体的に決定します。
    その為、企業は消費者の課題解決の選択に耐えうるような「商品・サービス」を投入してゆく必要があります。
  4. この領域では、「生活課題」が解決できた場合、「商品・サービス」への満足感は高くなります。
  5. 一方で、消費者の「生活課題」が既存の「商品・サービス」で解決を出来ない場合は、企業と消費者の間でコンフリクトが発生してしまい、消費者の企業への信頼感は低下します。
  6. この領域で、企業がマーケティングを行うと、現状認識の肯定・強化という位置づけを持ちますので既存商品の展開には有効ですが、調査結果はどちらかというと目新しさのないものとなります。

 ②S/C(専門)領域(提示の領域・C/S(傾聴)領域経由の解決の領域)

  1. 消費者は、この領域では「生活」の実感としての「経験」が存在しない。特に、企業の「商品・サービス」に関する意識や経験がないエリアになります。通常は、消費者に「商品・サービス」に関する意識がないので。購入という判断は行いません。
  2. 企業は、自らの「商品・サービス」に意識がある領域です。一方で、消費者の意識があるのかどうか、C/C(現実)領域との境目がどこにあるかの認識は出来ないので、C/C(現実)領域と同様に消費者が「商品・サービス」を意識出来ているものと仮定してマーケティング活動を進めてしまいがちな領域です。その結果、消費者視点ではなく、企業側の課題解決に沿ったマーケティング活動(依頼型)が行われてしまいがちな領域です。
  3. この結果、消費者の立場からすると、企業より知らないことを(あたかも知っているように)提案される領域になります。消費者は企業から今まで意識をしたこともないような経験を求められているような領域になります。この為に消費者は自らの「生活」経験に基づかない、社会一般的な常識やその場で直近に得た情報のみで考動することになります。もともとは意識していない領域ですので、先に示したように考動は場当たり的な当たり障りのないものとなります。その考動はその場限りで繰り返される確率は低くなります。
    「良い商品なのに、なぜ使わないのですか?」
    「???良い商品なら使うと思います。(良いのかどうかは分かりませんが・・・)
  4. このような表面的な考動データを企業が把握し、「商品・サービス」のマーケティングに利用してもあまり価値のないものとなります。また、そのデータは企業側の意識そのものが大きく反映しているので、既存商品への評価が過大になる可能性があります。つまり、新たなマーケティングやイノベーションにはつながらない情報になります。
  5. この領域では企業が新「商品・サービス」を軸に単純に消費者と接しても有効な結果が得られませんので、この領域での消費者の課題解決の為には、企業は一旦消費者の生活経験に沿って、一旦、C/S(傾聴)領域に進む必要があります。
    C/S(傾聴)領域経由で「ホンヤク」によりS/C領域に展開され、消費者が意識出来ていなかった課題を解決する場合は、そもそもの出発点が消費者の生活課題であるので、消費者はこれまで意識出来ていなかった「未充足な」生活課題を「商品・サービス」で解決されることが認識出来るので、消費者ニーズを満足度が高く充足することが出来ます。
    C/S(傾聴)領域については、次に示します。

 ③C/S(傾聴)領域(着眼の領域)

  1. 消費者は、「生活課題」への意識があり「認識しています」。企業は、既存の「商品・サービス」の対象範囲外ですので、その課題を「認識できていません」。このような領域になります。この領域は企業が主体的に意図的に到達することが出来ない領域です。
  2. 一方で、この領域では企業が消費者の「生活」実感に基づいた新たな「商品・サービス」の発見できる可能性があります。
  3. 企業が新たな「商品・サービス」の可能性を見つける為には、まだ企業が意識が出来ていない消費者の「生活課題」の背景に関する経験を認識する必要があります。
  4. 企業はこの領域に入る為に、「無知の知」を意識して、消費者の「生活課題」に関する経験を丁寧に「傾聴」する必要があります。これによって企業は、意識出来ていなかった消費者の生活実態に潜む「未充足な消費者の課題」を認識することが出来ます。
    ここでの関りについては「経験代謝のメカニズム」を活用できます。
  5. 新たに認識できた「消費者の課題」を解決する為には、次の3通りがあります。
    (1)C/C(現実)領域の拡張
     新たに認知出来た課題が、既存の「商品・サービス」で解決できる場合は、C/C領域の拡張となり、既存の「商品・サービス」での解決を提示する。
    (2)S/C(専門)領域への展開
     消費者の生活実態から、消費者がまだ意識をしていない課題を企業として既存の「商品・サービス」で解決できる場合は、「ホンヤク」によりS/C領域に展開し、既存の「商品・サービス」で、消費者がこれまで意識していなかった「未充足な課題」を解決します。
    (3)S/S(創発)領域への展開
     企業が意識していなかった消費者の生活課題を認識した時に、「ホンヤク」による課題解決を検討する中でまったく新しい「商品・サービス」の可能性に気づく場合。これは同時に消費者がこれまで意識出来ていなかった未充足な生活課題を解決することになるので、S/S領域(創発)に展開し、新しい市場を創造することが出来ます。

 ④S/S(創発)領域(潜在ニーズの領域)

  1. 消費者は、生活実感としての「経験」が存在せず、無意識な領域です。企業も、既存の「商品・サービス」の認識外なので無意識の領域です。
  2. 通常のマーケティング活動ではなかなか到達が難しい領域です。
  3. この領域に到達する為には、「ホンヤク」やそれに伴う新たな「気づき」が必要です。
  4. この領域には、まだ誰も気づいていない「消費者ニーズ」やそれに対応できる「新商品」・「新サービス」が眠っている領域だと言えます。マーケティング活動の目的そのものが存在している領域です。
  5. これまで全く意識されてこなかった領域ですので、無意識の生活課題を新たな商品で解決するイノベーションが起こる領域です。この領域への到達には2通りの方法があります。
    (1)C/S(傾聴)領域からの展開
     先に示したように、C/S領域で、企業が意識出来ていなかった生活課題を把握できた場合に、その課題解決を考える中で、まったく新しい「商品・サービス」に気づく場合。消費者が意識まだ出来ていない生活課題を解決する。
    (2)S/C(専門)領域からの展開
     「ホンヤク」とそこから更に企業の「気づき」があった場合。S/C(専門)領域にて一旦消費者が気付いていない生活課題を既存の「商品・サービス」で解決しますが、その過程の中で延長線上の課題解決を検討するに際して、それに対応できる新しい「商品・サービス」でそれらの課題の解決が図れることに気づく場合。この場合は新しい商品と市場を企業は創造することが出来ます。

注)「ホンヤク」については詳細な説明が必要ですが、詳しい説明はこちらを中心とした説明を参照下さい。c/S領域で新たに把握出来た消費者の生活課題とS/C領域にあるメーカーの知識・技術とを結びつける「生活心理分析」とされています。

 

 意識マトリクス理論は、マーケティング調査だけでなくキャリアコンサルティング等幅広く活用が出来ます。その説明の前に、各種の理論も考慮しながら、意識マトリックス理論の基本的な枠組みを再確認しておきます。


Ⅲ.基本的枠組みの再確認

 各種の関係性を意識マトリクス理論で把握する為に、その基本的枠組みについて確認します。

 この理論の枠組みは、主体と客体の双方の無意識レベルにある潜在的な可能性を「創発」という概念で如何に課題解決に向けて意識化に結び付けてゆくことが出来るのかという点を説明することが出来ます。

 基本的枠組みでは、ここまでのマーケティングの視点に加えて、「社会構成主義と本質主義」「プロセス・コンサルテーション(対話型組織開発)における関りの定義」でも各領域の特性を認識することが出来ます。この特性をベースに、キャリアコンサルティングにおける関係性や経営組織論でのM.P.フォレットの「統合」「創発」への道筋、組織内における個人間の相互作用の確認と対応等が可能になります。

 

 ここでは調査主体側を主体、調査対象側を客体と定義して枠組みを確認します。

主体の意識は、「関心項目」に向いており、客体の意識は「課題項目」に向いているとしています。

ここでは課題解決を進めることを主な視点として、各領域の特性を再確認しておきます。

 

 ①C/C領域:(現実認識の領域)⇒専門家的関り
  通常の対話はこの領域が確立をされていることを前提に成立しています。

  この領域の課題解決については

  1. 客体は「課題項目」への意識があります。また、主体も「関心項目」の意識出来ていています。
  2. 主体が双方が意識が出来ていているレベルでの課題解決を提示することになります。
    現実的な対話ができる領域といえます。
  3. 現実的な確認ができる領域ですので、主体は「関心項目」に沿った課題解決を提示します。
    客体は「課題項目」に沿って、主体の課題解決の提案の中から自らの課題解決の方策を選択します。
    この為に、課題解決の選択は客体側に委ねられます。
  4. 客体が課題を意識出来ているがゆえに、主体が提示した課題解決が根本的な解決につながらない場合や、それぞれの意識や経験が交錯しコンフリクト(軋轢)が発生するなどした場合は、「妥協」や「抑圧」等不満が残る形で課題解決が行われることも想定されます。
  5. この領域の調査活動では、現状認識の肯定・強化という位置づけを持ちます。
    言い換えれば、意識がある領域ですのでどちらかというと目新しさのない調査結果となります。
  6. シャインのプロセス・コンサルテーションでは、客体の課題を主体の情報提供によって解決する「情報購入型」の「専門家的な関り」を行う領域に分類されます。
  • 「情報購入型」の「専門的な関り」においては、購入の選択権は客体にあります。
  • 「専門家的な関り」においては、主体が客体を理解し、客体に合った情報や製品を提示する必要があります。
  • 最終的には、客体が主体に頼り切って、無力になる可能性もあります。

 

 ②S/C領域(本質主義的な領域)⇒医師的関り

  1. 客体は、提示される「解決項目」への意識がないので「話せません」。ここでは、ので、通常の対話は成立しづらくなります。
  2. 主体は、自らの「関心項目」が意識出来ているので「話せます」。つまりこの領域では「課題解決策」を提示できます。
  3. この領域では、主体が「解決項目」に関する意識はあるが、客体がどこまで「課題項目」に関する意識があるかを把握できない為、C/C領域と同様に客体が「課題項目」への意識があると仮定して提示を進めてしまいます。
  4. 客体側としては無意識の領域に入ってきていますので、①C/C領域と異なり基本的には対話が成立しなくなります。
    C/C領域の延長で入ってしまうと、主体の主導による本質主義的な情報提示が行われる領域となります。
  5. 客体は主体から、今まで意識をしたこともないような経験を訊ねられている領域になります。
    実際の経験がないので解答がわからずに、詰問(Asking)されているようにも感じます。
    客体側は以下のような認識を持つ可能性があります。
    (ア)強制的で納得できないような解決策
    (イ)一般的などこかで聞いたような解決策
    (ウ)自身の事情とか本音が理解されていない解決策
  6. この領域では、主体が「関心項目」に関する質問をしても、客体はそれに伴った「意識」がないので、表面上の受け答えをしてしまう可能性が高くなります。自らの経験に基づかない、その場で得た情報や一般的な知識を基に迎合的で当たり障りのない返答をしてしまいます。
  7. 客体の「関心項目」に関する上記のような返答は、経験に基づいたものでないので、マーケティング等目的成果としてはあまり価値のないものになると伴に、主体の意識が強く反映したものとなるリスクがあります。
  8. シャインのプロセス・コンサルテーションでは、客体が充分に把握できない課題を主体の専門知識によって解決する「診断型」の「医師的な関り」を行う領域だと言えます。
  • 「医師的な関り」が成立する為には、客体が主体に絶対的な信頼を置いているという前提条件が必要になります。
  • 「医師的な関り」においては、主体は客体からの新たな知識や情報を得ることはありません。
    (主体の既に持っている知識への追加情報として、客体の行為や状態が参考になることはあります。)
  • この医師的な役割の難点は、主体が客体からの正確な診断に必要な情報を得られていないかも知れないという点にあります。
    実際に客体は意識出来ていない領域なので、客体が情報を正確に提供することは難しい領域です。
  • 主体が客体に対してより強大な権力を手にする可能性もあります。

 ③C/S領域:(社会構成主義的な領域)⇒プロセス・コンサルテーションの関り

  1. 客体は、「課題項目」への意識があり「話せます」。調査主体は、「関心項目」の対象範囲外ですので「質問ができません」。つまり、この領域は主体が意図的に到達することが難しいエリアになります。
  2. この領域では客体の「課題項目」に基づいた新たな「関心項目」に関する情報を得ることが出来る可能性があります。
  3. 主体が新たな「関心項目」の可能性を見つける為には、まだ意識が出来ていない客体の「課題項目」に関する認識を行う必要があります。
  4. 客体側が意識している課題があるにも関わらず、主体側が理解するようなアプローチが出来ない場合は、課題解決へとつながってゆきません。この場合は、客体は「課題項目」自体を把握してもらえないという不満につながります。
  5. 主体は意識出来ていない領域での質問は出来ないので、客体の「課題項目」に関する経験を丁寧に「傾聴」する必要があります。その為に特にキャリアコンサルティングやGDI等で使われるレベルの「傾聴」が必要になります。
    (ここでの「傾聴」は良く聴くという一般に想定されているものより、若干難しいものです。自らの「商品・サービス」に関する知識などを一旦棚の上において、積極的に(Active)に傾聴(Deep-Listening)する必要があります。
  6. この領域においては、主体は無意識ですので直接に課題解決策を提示する事が出来ませんが、傾聴を通じて認識できた課題を解決する方法は次の3通りあります。
    A. C/C(現実)領域の拡張
      双方の対話を経て、事象を認識し共有化することが出来れば、C/C領域の拡張となり、主体の関心項目で客体の課題項目を解決する事が出来ます。
    B. S/C(専門)領域への展開
     C/C領域の拡張とならない場合は、主体側の関心項目を活用できるS/C領域に展開する必要があります。
     この展開に必要なスキルがマーケティングにおいては「ホンヤク」、キャリアコンサルティング等では「リフレクション」になります。(これらのスキルについては別途解説します。)
     ここで展開されたS/C領域においては、客体側がC/S領域で意識出来ている経験認識から展開をされていますので、無意識化されていたものが意識化されている状態なので、主体側の解決策を受け入れやすくなります。
    C. S/S(創発)領域への展開
     新たに主体によって認識された課題や経験がこれまでの関心項目では解決できないが、主体が新たな解決策に気づくことが出来た場合はS/S領域に展開することが出来ます。
  7. 主体と客体で社会構成主義的な会話(対話)が構成される領域とも言えます。シャインのプロセス・コンサルテーションでは、客体の課題に関する経験を主体がまずは傾聴する「プロセスコンサルテーション的な関り」を行う領域だと言えます。
  • 「プロセスコンサルテーション的関り」では、主体は自らの知識を脇において、客体の経験を傾聴し、客体の経験を理解する必要があります。
  • 基本的な関りは、クライアント(客体)自体が洞察を得たり解決策を考えたりすることに重点を置くことを重視します。

 

 ④S/S領域(創発の領域)

  1. 客体は、実感としての「解決項目」が存在せず、「話せません」。主体も、「関心項目」の意識外なので「質問できません」以上の点から、通常の対話ではなかなか到達が難しい領域です。
  2. この領域に到達する為には、次に示す「ホンヤク(リフレクション)」やそれに伴う新たな「気づき」が必要です。
    この領域に到達する為には既に述べたように、C/S領域の傾聴からの気づきで展開する場合と、一旦S/C領域に展開をした後に客体側のリフレーミング等により、無意識だった課題に新たな解決策が得られた場合に到達することが出来ます。
  3. この領域には、まだ誰も気づいていない新しい「関心項目」や「解決項目」が眠っている領域と言えます。
  4. つまり対話による「創発」が期待できる領域だと言えます。「創発」に向けた相互発展的な対話が期待できます。
  5. キャリアコンサルティングでは、客体の「自己概念の成長」が実現できる領域とも言えます。

 以上が、それぞれの領域の特徴になります。

 大切な点は、主体は自らの本質主義的な価値観に基づいて「関心項目」に沿って①C/C(現実)領域から②S/C(専門)領域へと行きがちですが、効果的な「統合」や「創発」の実現の為には、社会構成主義的な関りとして③C/S(傾聴)領域に移行し必ず客体への「課題項目」に関する経験への傾聴を行ってから、②S/C(専門)領域に「ホンヤクやリフレクション」を使って展開をする必要があるということです。

続いて以上の枠組みを、再び具体的なキャリアコンサルティングにおける関係性にて確認をしてゆきたいと思います。

 

参考1)「マーケティング実務における初心者理解促進と品質向上の為の定性調査体系の試み」(井上昭成,2020)

参考2)「プロセス ・コンサルテーション ~援助関係を築くこと~」

    (エドガー・H・シャイン著 稲葉元吉 尾川丈一訳 2002年3月 白桃書房 P10~27)


Ⅳ.キャリア開発面談(キャリアコンサルティング)

 キャリアコンサルティングにおいて「傾聴」は大切ですが、クライアントとの関係性においてなぜ大切なのかをキャリアコンサルタントとクライアントの関係性の中で意識マトリクス理論を使って確認をします。意識マトリックス理論は、「正のグループダイナミクス」を生み出すという視点から考察されていますが、この視点から二人の相互作用であるキャリアコンサルティングを確認することが出来ます。

 一般的なキャリアコンサルティングでは「見立て」という概念が存在しますが、キャリアカウンセリング型組織開発®は社会構成主義の立場に立ちますので、「見立て」という概念との両立が難しい面もあります。この矛盾をどの様な枠組みで捉えて行けば良いのかという事も意識マトリックス理論にて把握することができます。「キャリア面談」はキャリアコンサルティングとキャリアカウンセリングの関りの組み合わせで成り立っていると理解することで、関りの矛盾を解決してゆくことが出来ます。

 

 意識マトリックスマップにて、キャリアコンサルタントの意識は「見立て(自己概念)」に向いており、クライアントの意識は「相談内容」に向いています。

 クライアントの相談内容をクライアントの意向に沿って解決に進めることを視点として、各領域の内容を確認してゆきます。

 

 ①C/C領域:「話せる/質問できる」領域(対話の領域)
  この領域では、キャリアコンサルタントとクライアントはそれぞれの意識(認識)のもとで対話を行う事が出来ます。

  この領域においては、

  1. キャリアコンサルタントは「見立て」への意識があります。クライアントも「相談内容」についての問題意識があります。
    キャリアコンサルタントは、双方が意識が出来ていている範囲内での課題解決を提示することが出来ます。
  2. 現実的な確認ができる領域ですので、キャリアコンサルタントは「見立て」に沿った課題解決を提示します。
    クライアントは「相談内容」に沿って、キャリアコンサルタントの「見立て」による課題解決の方策を選択するかどうかを判断します。「相談内容」がはっきりとクライアント側で意識出来ているので、課題解決策の選択はクライアントに委ねられます。システムアプローチを使ったキャリアコンサルティングがこの領域では有効です。
  3. クライアントが「相談内容」を意識出来ているがゆえに、キャリアコンサルタントが提示した「見立て」が「相談内容」の根本的な解決につながらない場合や、それぞれの意識や経験が交錯しコンフリクト(軋轢)してしまった場合は、「妥協」や「抑圧」等不満が残る形でキャリアコンサルティングが終了する可能性もあります。
  4. この領域のキャリアコンサルティングでは、クライアントとキャリアコンサルタントの「相談内容」の肯定・強化という位置づけを持つ可能性があります。クライアントにとっては、「相談内容」と提示された「解決策」が意識出来ているがゆえに、それほど目新しさのない「相談解決」となります。
  5. クライアントがキャリアコンサルタントの見立てを「情報購入」する「専門家的な関り」を行う領域だと言えます。

 

 ②S/C領域「話せない/質問できる」領域(解決提示(診断・見立て)の領域)

  1. クライアントは、相談内容に関する「解決策」への意識がないので「話すことが出来ません」。
    キャリアコンサルタントは、自らの「見立て」の意識があるので「話すことが出来ます」。
    つまりここではキャリアコンサルタントとして「見立て」に基づいた「解決策」を提示する事は出来ます。
  2. キャリアコンサルタントは「見立て」に沿って解決の方策を提示してゆきますが、一方でクライアントに「相談内容」に関する意識があるかどうかは把握できない為、C/C領域と同様にクライアントに「相談内容」への意識があるものと仮定して、「見立て」に沿った「解決策」提示やその為の「状況把握」を進めてしまいます。
     クライアントは解決策に対する課題意識がないので、①C/C領域と異なり、解決策を主体的には選択できません。通常のキャリアカウンセリングはこの領域での対話が基本となると考えています。
  3. 上記の状況では、クライアントはキャリアコンサルタントから、今まで意識をしたこともないような経験を訊ねられている状態になります。このようにキャリアコンサルタント主体の質問を受けても、クライアントはこれまで考えたこともない事について解答を求められているような状態なので、詰問(Asking)されていると感じます。つまり、キャリアコンサルタントはいくら「傾聴」をしているつもりでも、自自分の中での本質的な解答を見つけ出そうとしていると、「傾聴」がいつのまにか「詰問」に変化します。
    クライアントの相談内容に沿わない突然の質問には、具体的に以下のような詰問も含まれるます。
    A.ご相談の件について、ご家族はどのように言っていましたか?
       (⇒家族に相談すべきなのかな?家族にどう説明しようかも含めて、相談に来ているのに・・・??。)
    B.そのような状態に置かれた自分を顧みて今どのように感じられますか?
      (⇒???何を聴いているのだろう。答えられるかな?)
    C.周囲の方にご相談になったことはありますか?どの様な事をいわれましたか?
      (⇒私は、あなたに相談に来ているのですが、なんと答えれば良いのだろう?)
    D.その気になっている方に、お気持ちを直接話してみた事はありますか。
      (⇒???話せないので相談来ています。相談しているのは、今ここのあなたにですよ?)
    E.相談内容を振り返って、今どのように感じられますか?
      (⇒感じる?なんと言えば?というよりどうすれば良いかを相談しているのに?)
    等の「見立て主導」や「状況把握」と位置付けて、クライアントとの共感・受容伴わない質問を行うことになり、クライアントからの信頼を得ることが難しくなります。
     (注:意識マトリックス理論では関係性を取り上げていますので、上記の質問内容自体を不適切だと指摘している訳ではありません。同じ内容であっても次のC/S領域で出てくるように、クラアイントの経験や語りに寄り添いながら質問する場合は、クライアントは自身の経験から答えることが出来ますので、不適切な質問ではなくなります。)

  4. このS/C領域では、キャリアコンサルタントが「見立て」に沿った質問をしても、クライアントにそこへの「意識」がない場合は表面上の受け答えや場当たり的な応答になってしまいます。上記と問いに対応する形で受け答えの例を示すと、
    A.家族は多分心配していると思います。
      (⇒家族にはまだ詳しく言えてないが、多分そうなるので、そうしておこう。)
    B.かわいそうだなと思います。
      (⇒よくわからないが、一般的にはそういうことかな。)
    (☆更にキャリアコンサルタントが、「かわいそうというのはあなたにとってどういう意味をもちますか?」と聴くことがあります。このような詰問はキャリアコンサルタントの自身の興味やテクニックに沿っているだけで、クライアントにとってはより答えられない詰問に感じられす。)
    C.いいえ相談はできていません。
             (⇒だから貴方に相談に来ています)
    D.いや、ちょっと無理ですね。
      (⇒それが出来ればここにはいませんよ。多分?)
    E.「・・・・・・・?」
      (⇒あなたはどう思いますか?私の話を理解ができているのでしょうか?)
    これらのように、クライアントとの対話が行き詰ってしまう状況にもなります。また、更に質問を重ねてクライアントが受動的に質問に答えるしかなく、話したいことも話せない状況になりがちです。
     上記以外でクライアントがそれらしい答えをしたとしても、それは自らの経験に基づかないその場で得た情報や一般的な知識を基に迎合的で当たり障りのない返答となっている可能性が高くなります。クライアントとしては相談をしているにも関わらず、自らの相談内容をしっかりと伝える前に、クライアントとして意味の分からない質問をコンサルタントから受け続けて、不満足な状態に陥ります。
  5. クライアントの「見立て」「状況把握」に関する上記のような返答は、クライアントの相談内容(話したいこと)から大きくずれてゆき、キャリアコンサルティングとして難しくなるとともに、返答内容は詰問を行っているキャリアコンサルタントの意識を強く反映したものとなります。キャリアコンサルティング自体が行き詰ってゆく結果になります。
  6. この領域は「診断型」の「医師的な関り」を行う領域だとも言えますが、上記のようなクライアントの信頼を得られない対話を経ることにより「医師的な関り」の基盤となる信頼関係の構築は当然難しい状態になります。
  7. キャリアコンサルタントは意識ある自らの「見立て」に基づいて対話を進めているので満足度は高くなり、場合によっては解決に進めたような気にもなりますが、クライアントは経験を伴わない考えた事もないことに対して質問されて、「どっかで聞いたような話」「自分の事情だとか本音が理解されていない」と不満を感じたまま面談を終了する結果になります。
  8. 上記のようなクライアントの感性に気づけないキャリアコンサルタントは、クライアントが「見立て(自己概念)」を理解できていないものだと一方的に判断し、より高圧的に(指導的に)クライアントに接することになる可能性もあります。このように感じる原因は、キャリアコンサルタントが現代の「本質主義的な」ひとつの答えがあるはずだという基本的態度によって引き起こされます。
  9. 上記のような状態を避ける為にも、キャリアクライアントはクライアントの相談内容に沿った経験やその語りに寄り添い、傾聴をしながら、まずC/S領域に進むことが大切になります。

 

 ③C/S領域:「話せる/質問できない」領域(傾聴の領域)

  1. クライアントは、「相談内容」への意識があり、その経験について話すことが出来ます。キャリアコンサルタントは、彼の「見立て」の範囲外になりますので、「質問ができません」。
     この領域は、キャリアコンサルタントがが意図して到達することが難しいエリアになります。
  2. この領域ではキャリアコンサルタントがクライアントの「相談内容」の経験に基づいた「見立て」を見つけることができる領域です。キャリアコンサルタントが新たな「見立て」の可能性を見つける為には、まだ意識が出来ていないクライアントの「相談内容」に関する経験をしっかりと傾聴(認識)する必要があります。
  3. ここでは、キャリアコンサルタントは質問ができないので、クライアントのことをより理解する為には「相談内容」に関する経験をしっかりと「傾聴」する必要があります。社会構成主義的なナラティヴを中心とした関りが求めらえる領域です。
    (ここでの「傾聴」は良く聴くという一般に想定されているものより、若干難しいものです。自らの「見立て(自己概念)」を一旦架空の棚の上に置いておいて、社会構成主義的なマインドセットに立って、積極的に(Active)に傾聴(Deep-Listening)する必要があります。)
     

 ④S/S領域「話せない/質問できない」領域(創発の領域)

  1. クライアント、実感としての「解決策」が存在していない、キャリアコンサルタントも、「見立て」の意識外の領域です。
    以上の点から、通常の対話ではなかなか到達が難しい領域です。
  2. この領域に到達する為には、次に示す「リフレクション」やそれに伴う新たな「気づき」が必要です。
  3. この領域には、まだ双方が気づいていない新しい「解決策」(2次的変化・カウンターパラドックス)が眠っている領域と言えます。

以上が、それぞれの領域の特徴になります。キャリアコンサルタントは本質主義的な価値観から自らの「見立て」に沿って①C/C領域から②S/C領域へと行きがちですが、効果的な「解決策」に向かうの為には、③C/S領域に移行し必ずクライアントの「相談内容」に関する経験の傾聴を行ってから②S/C領域に展開をする必要があります。

 

 ここでの大切なもう一つの点は、C/S領域でひたすら「傾聴」を重ねて行っても、何らかの展開がなければクライアントの課題解決の提示領域であるC/S領域には到達できないのではないかということです。

 教科書的には、「来談者中心療法を意識して、受容・共感・一致をしながら傾聴をしてゆけば、クライアントの変化が起こり、自己概念の成長によってクライアントは自身の力で課題を解決する。」とされてはいますが、セラピストではなく誰が傾聴しても同じ効果が得られるのか、また、傾聴しているだけでは課題の背景領域であるC/S領域で悩みの固定化がされてしまわないかというような疑問点もあります。

 この意味から「傾聴」とセットでキャリアカウンセラーのスキルである「リフレクション(クライアントの意識の反射の意)」「クライアントの鏡になる」ということを組み合わせることが、クライアントの意識を解決領域であるS/C領域に展開させ、クライアントの「相談」の解決に結びつくのではないかと考察しています。

 上記にも示した②S/C領域「話せない/質問できる」領域におけるクライアントに対する詰問的な関りが発生する原因として、キャリアコンサルタントが今まで自らが基準としてきた本質主義を前提として関わってしまうという点があります。本質主義的な関りとは、傾聴をしながらもクライアントの中に「解決の答えがある」とか、周囲との関係性において「解決に結びつく事象がある」はずと仮定をすることです。つまりいわゆる「見立て」を立てる原動力となるものです。一方で、傾聴(ナラティブ)を主体とした社会構成主義的な関りとは、クライアントの中や周囲との関わりにもともと課題となるようなものは存在せず、クライアントの自身の認知・発言や周囲との対話が課題という形で発生させてしまっていると捉えます。キャリアカウンセリング型組織開発®では、この社会構成主義的な関りを基本としています。

 但し、本質主義と社会構成主義は併存していると捉えていますので、クライアントはある時点における本質主義的な課題解決を基本的には求めていることが多いこともあり、次の意識マトリックス理論(キャリアコンサルティング②)で解説しているようにそれぞれ縦横の展開を意識しながら、関わってゆくことになります。

 続いて、ここでの本題であるキャリアコンサルティングを進行する為に重要な「傾聴」の必要性と「リフレクション(反射)」の効果について考察していきます。

 ここでもキャリアコンサルタントの意識は「見立て」に向いているとし、クライアントの意識は「相談内容」に向いていると設定をします。


この図でも、同様にそれぞれの領域の特性について確認してゆきます。基本的な領域の説明は、①で既に確認していますので、ここでは主に展開について考察します。

 

 ①C/C領域(対話の領域)

  1. 既に確認したように、クライアント・キャリアコンサルタントとも「相談」内容に意識があり、相談内容が認識できています。「相談」内容について、キャリアコンサルタントの「見立て」で現実的に解決できるかどうかが双方で認識できる領域になります。
  2. キャリアコンサルタントの「見立て」により、容易にクライアントの「相談」内容にアプローチをすることが出来ます。
  3. この領域では、クライアントが「相談」内容ついて、キャリアコンサルタントの知識に基づいた「見立て」で解決できるかどうかを判断することになります。その為、この領域での解決はクライアントが最終的に主体的に決定します。
  4. 「相談」内容が解決できた場合、キャリアコンサルタントの「見立て」による解決への満足感は高くなります。
    一方で、クライアントの「相談」が提示された「見立て」で解決を出来ない場合は、クライアントのキャリアコンサルタントへの信頼感は低下します。
  5. 双方が意識出来ているがゆえに、関する新たな気づきとなるような結果は得られない領域です。既に双方が持ち合わせた知識による解決が行われます。極端な話ではクライアントが「改めて面談で相談しなくても、自分で一般的に解決出来たかもしれない。」と捉える可能性もあります。
  6. 通常のキャリアコンサルティングはこの領域もしくはこの領域の拡張領域(傾聴によるラポール形成)で行われると考えます。「システィマティックアプローチ」として、キャリアコンサルタントは自らの知識・経験をもとにクライアントが柔軟に選択できるように「助言と指導」を行う必要があります。
  7. クライアントの相談が解決されても、「相談」内容の現状認識の肯定・強化という位置づけにもなります。その為に、この領域での解決に留まる限りは、クライアントも予想をしていた解決策であり、クライアントの満足度はあまり高くならないかも知れません。
  8. クライアントが「助言と指導」に対して、受け入れたり選択しきれない場合は、クライアントの満足感を高めより根本的な解決を図る為に「傾聴」を伴うC/S領域への展開が必要になります。

 ②S/C領域(解決提示の領域)⇐C/S(傾聴)領域経由

  1. クライアントは、この領域では「相談」内容やその解決策について無意識(思いつかない)領域。一方でキャリアコンサルタントは、自らの「見立て」についてに関しての意識がある領域です。
  2. この領域は、医師的な「診断」の領域と言えます。キャリアコンサルティングをうまく進める為には、クライアントにキャリアコンサルタントが充分に信頼されていることが大切になります。
  3. キャリアコンサルタントは、クライアントが「見立て」を意識して理解できてるのか、またそのC/C領域との境目がどこにあるかの認識は難しい為に、キャリアコンサルタントはC/C領域と同様に「見立て」に基づいた(診断型の)キャリアコンサルティングを進めてしまいがちな領域です。(本質主義的な)知識があると自負しているキャリアコンサルタント程、C/C領域からこちらの領域に進んでしまいがちです。
  4. クライアントの「相談」内容ではなく、キャリアコンサルタントの課題解決に向けた「見立て」に沿ったキャリアコンサルティングが行われがちです。クライアントからすると、キャリアコンサルタントから単純に詰問(アスキング)と感じられるような対応を受けてしまう領域になります。キャリアコンサルタントが自らの「見立て」に基づいてクライアントに何かを伝えても、クライアントにとっては満足感も低く意識が充分出来ない価値のないものとなります。
  5. キャリアコンサルタントとしては、自らの知識に基づいたキャリアコンサルティングは充実感と満足感が高く、クライアントも満足していると勘違いをするかも知れません。
  6. このような状態を避ける為に、キャリアコンサルタントはクライアントの「相談」内容に沿って、まずはC/S領域に進む必要があります。C/S領域経由で、しっかりとクライアントの相談についての経験を傾聴しクライアントの本当の「問題」を確認した後に、「リフレクション」によってS/C領域に展開する必要があります。この内容については、次のC/S領域で明確にします。
  7. ここでは、傾聴からリフレクションにてS/C領域に移るタイミングが重要です。また、この領域に移ることが出来る前提として、キャリア・コンサルタントの「傾聴力」「クライアントの問題に関する専門知識」「知見により気づきの提示(Inquiry)」「関係性構築力」「対話を管理するスキル」等が必要かつ重要との認識が必要です。

 ③C/S領域(傾聴の領域)

  1. この領域では、クライアントは「相談」内容に意識があり、キャリアコンサルタントは「見立て」の範囲外ですので提示や質問をすることができません。よってキャリアコンサルタントからは意図的に到達することが出来ない領域です。
  2. この領域で、クライアントの「相談」内容に沿った新たな「見立て」に到達する為には、キャリアコンサルタントが意識が出来ていないクライアントの「相談の背景」を認識する必要があります。この為には、「無知の知」を意識して、クライアントの「相談の背景」に関する経験を「傾聴」する必要があります。これによってキャリアコンサルタントが意識出来ていなかった「相談の背景」やそこに潜むより根本的な「解決に向けての課題」を認識することが出来ます。ここでは相互の対話で現実を創造する社会構成主義的な関りが必要となります。
  3. ここでの関りにおいては、「経験代謝のメカニズム」を活用すること有効になります。
  4. キャリアコンサルタントが新たに認識できた「クライアントの課題」を解決する為には、次の3通りがあります。
    (1)CC(現実)領域の拡張
     新たに認知出来た課題が、既存の「見立て」で解決できる場合は、C/C領域の拡張となり、既存の「見立て」でクライアントに解決に向けての「助言と指導」を提示します。
    (2)S/C(専門)領域への展開
     クライアントの「相談の背景」からのより根本的な「解決に向けての課題」の解決の糸口を「見立て」で解決できる場合は、「リフレクション」によりクライアントにこれまで充分に意識が出来ていなかった課題に気づいてもらい、S/C領域に展開します。その上で既存の「見立て」で、クライアントがこれまで意識していなかった課題を含めて解決に向けての提示を行う事が出来ます。
     このように自ら「相談」内容に関する経験から展開されて意識化される課題とその「解決策」の提示は、自らの「相談」内容や経験を踏まえていますので、クライアントの満足感は高くなります。
    (3)S/S(創発)領域への展開
     キャリアコンサルタントが意識していなかったクライアントの相談の背景を認識した時に、その課題解決を検討する中でまったく新しい「見立て(解決策)」に気づく場合。これは同時にクライアントがこれまで意識出来ていなかったより根本的な課題を解決に向けて進めることが出来ます。これにより、S/S領域の双方の対話を通じた「創発」の領域に展開することが出来ます。
  5. この領域を経て、クライアントの相談の背景を把握することにより、S/C領域での詰問を避けたり、クライアントの意識がどの程度どこまであるのか等を認識することが出来ます。
  6. この領域では、キャリアコンサルタントがクライアントをリスペクトすることが重要になります。

 

 ④S/S(創発)領域(自己概念の成長の領域)

  1. クライアントは、実感としての「解決策」が把握できておらず、無意識な領域です。キャリアコンサルタントも、既存の「見立て」の意識外なので無意識の領域です。以上の点から、通常のキャリアコンサルティングではなかなか到達が難しい領域です。
  2. この領域に到達する為にも、次に示す「リフレクション」やそれに伴う新たな「気づき」が必要です。
  3. この領域には、クライアントも気づいていない新たな「課題」やそれに対応する「解決策」が眠っている領域と言えます。キャリアコンサルティングの効果的な課題解決への提示等が存在しているとも言える領域です。
  4. これまで全く意識されてこなかった領域ですので、クライアントの意識の変化(自己概念の成長)による課題解決が期待できる領域です。この領域への到達には2通りの方法があります。
    (1)C/S(傾聴)領域からの展開
     C/S領域で、これまで意識出来ていなかった相談の背景を把握できた場合に、その課題解決を考える中で、まったく新しい「見立て(解決策)」に気づく場合。クライアントがそれまで充分意識出来ていなかった課題を解決する。
    (2)S/C(専門)領域からの展開
     「リフレクション」とそこから更にクライアントが自己概念に関する「気づき」があった場合。クライアントがこれまで気付いていな課題を新たに提示された「解決策」で解決するが、その過程でその延長線上の課題解決として、より新しい「見立て(解決策)」やクラインと自身の自己概念の成長による解決が意識され、それらが双方で共有され、「相談」内容がより根本的な解決が図れるように進める事が出来ることに気づく場合(2次的変化・カウンターパラドックス)。
  5. この領域でのより根本的な解決策への道筋は、それぞれが無意識の領域だったことから、キャリアコンサルタントとクライアントの相互の信頼とリスペクトに基づいた会話が相互に影響をする中で実現してゆきます。相互の円環的反応による「創発」により、クライアントの自己概念の成長も図られます。キャリアコンサルタント自身も学ぶことが多い領域です。

注)

 ここで示している「リフレクション」は、相互の関係性における「リフレクション」ですので、クライアントの意識や認識をキャリアコンサルタントからの反射を通して、クライアントが自ら意識(リフレクション)をするという概念です。 

 より効果的な「リフレクション(反映・反射)」の為には、キャリアコンサルタントのリソースが重要になります。キャリアカウンセリング型組織開発にはおいては、「経営組織論」や「組織開発」の知識がキャリア支援における重要なリソースの一つだと考えています。

 ロジャーズは、「リフレクション(伝え返し)」について「理解の確かめ(testing my understanding)」という言葉を使う事を提案しています。(Rogera,1986)「あなたがおっしゃていることを、私はこう理解し受けとめているが、それでよろしいでしょうか」と「確かめる」ような応答がロジャーズのカウンセリングにおける応答の中心です。(CDA養成講座 2 P29より)

 この「私がこう理解し受けとめている」中にキャリアコンサルタントのリソースが反映します。それを鏡として受け取ったクライアントがそれまで無意識であった自己の一部分に気付く(内省する)のが、「リフレクション」であると捉えています。

 

また、以下に示す経験的学習におけるリフレクションとの共通点も多いかもしれません。

 組織行動学者のディビット・コルブは、デューイの「経験から学ぶ」という思想を、ビジネスパーソンにも判り易いように2次元化して、「経験学習サイクル」として表現しました。デューイの「経験から学ぶ」とは、「知が生まれるのは、経験を振り返るとき、リフレクションする時だ」と言いました。私たちは経験から(直接)学ぶのでない、経験(experience)を内省(reflection)する時に学ぶのだ、ということになります。ここでのリフレクションとは、「経験を意味づけ、学びにつなていく認知的作用のこと」を言います。(組織開発の探求 2018年10月 ダイアモンド社 p78~79より)

 

 「リフレクション」については、日本での人事用語として単に内省(introspection《内観》)とされることがありますが、これは経験を外在化した(距離をおいた)上で、その経験を自身の中で反映することだと理解しています。

(Introspection consist of reflections of his own experiences)。



 ここでC/S(傾聴)領域とS/C(専門)領域とを結びつけるマーケティングにおける「ホンヤク」とキャリアコンサルティング等おける「リフレクション(反映)」の違いについてまとめておきます。

 「ホンヤク」については、先に説明したようにC/S領域における消費者から聴くことが出来た「生活課題」(ナラティブ)をC/S(無意識)領域における「マーケティング課題」へと結びつける「生活心理分析」になります。その為、これはグループインタビューが終わった後、調査対象者が主体になり時間をかけて行われることになります。もちろんモデレーター(グループインタビューの司会者)もインタビューの中で、「要素化」⇒「構造化」⇒「統合化」を思いめぐらしながら、ニーズスパイラル理論に基づいた「生活心理分析」につなげる為にグループインタビューを進めることが大切になります。

 「リフレクション」は、面談中に行われますので「ホンヤク」とは違って、どちらかというと瞬間的なものです。基本的に「リフレクション」の為に何かを準備することはありません。(準備してもどのようなナラティブの展開になるかは分かりません。)また、「ホンヤク」は調査側が主体になりますが、「リフレクション」はあくまで主体がクライアント(の意識)であるという点が大切です。

(キャリアコンサルタントの意識主体でキャリアコンサルティングを行っている場合は、「リフレクション」をコンサルタント主体の理解作業として「ホンヤク」と捉えたくなるかも知れませんが、あくまでクライアントの反応を大切にしてゆくのが「リフレクション」であると捉えています。)


Ⅴ.経験代謝

 「経験代謝」は「キャリアカウンセリングのメカニズム」ですが、表現が示すようにクライアントの「経験を聴く」という概念を基本に構成されています。

 「経験代謝」自体では、広義のキャリアコンサルティングで「経験を聴く」という「キャリアカウンセリング」としての活用と「経験代謝」を主体とした「キャリアコンサルティング」も構成することが可能です。これらの違いはクライアントの状況やクライアントのとの関係性によって変わってきます。クライアントがどの程度本質主義的な解決をもとめているのかどうかで変わってきます。

 キャリアカウンセリング型組織開発®のマインドセットは社会構成主義ですので、本質主義的な「見立て」を伴わないキャリアコンサルティングが好ましいとしています。その為、ここでは「見立て」を立てないキャリアコンサルティングの枠組みの提示をしてみます。

  経験代謝の特徴は、キャリアコンサルタントがクライアントに対する受容・共感・一致を前提に、キャリアコンサルタントの自己概念をクライアントに直接投影しないことが大切になっています。その為に、キャリアカウンセリングとしてはクライアントの「最初に語られる真実(ナラティヴ)」が出発点となります。

 クライアントの無意識レベルの課題を把握する為には、C/S領域における「傾聴とリフレクション」が必要になりますが、「経験代謝のメカニズム」がこの関り自体を実現することになります。

 

 「経験代謝」を基本としたキャリアコンサルティングでは、キャリアコンサルタントの意識は「傾聴」に向いており、クライアントは「相談」内容に意識が向いています。図表では、実際の面談場面に合わせてキャリアコンサルタントの意識は「最初に語らえる事実」に向いているとします。

 意識マトリクス理論(キャリアコンサルティング②)と内容が重複する部分も多いので、ここでは「経験代謝」で特徴的な点を確認してゆきます。「経験代謝」はキャリアカウンセリングにおける具体的なメカニズムですので、ここでは主体をキャリアカウンセラーと表記しています。

 

 ①C/C(現実)領域「語りによる自己提示・主訴の確認」領域

  1. クライアントは相談内容にしっかり意識があり、解決策にも気付いているが踏み出せない領域と言えるかも知れません。
  2. ここではクライアントは自らの相談内容を語り、その解決策もキャリアコンサルタントに語ることで解決に向かうこともあります。
  3. キャリアコンサルタントはしっかりとクライアントに寄り添いながら現状を一緒に確認し、クライアントの来談目的から主訴を正確に確認することで解決の向けての支援を進める事が出来ます。

 ②S/C(専門)領域「意味の出現」領域(但し、「経験の再現」C/S領域を経ること)

  1. クライアントは、「相談」内容の解決策については無意識です。経験代謝ではクライアントにカウンセラーの「自己概念」を投影することはしませんので、キャリアコンサルタントは診断的な関りである「見立て」による課題解決を避けます。
  2. 経験代謝ではこの領域にキャリアカウンセラー主導で介入することを「問題解決に走る」「キャリアカウンセラー主導の問題解決」等と表現していて良い事とはされていません。まずは必ずS/C(傾聴)領域でクライアントの経験を傾聴すること、「経験の再現」を実践することが重要です。
  3. クライアントの気持ちを直接質問で知ることやキャリアカウンセラーの興味(自身の知見と結びつけようとする)による「状況把握」は、キャリアカウンセラーが主導してこの領域に直接入って行くことになるので避けなければなりません。
  4. 一方で、この領域では下記のようにC/S領域での「経験の再現」を行うことにより「クライアントの鏡となる」ことによるリフレクションや「自己概念の影」等を辿ることにより、それまでクライアントが無意識だった問題解決につながる「意味の出現」(新しい自らの気づき)が起こる領域とすることが出来ます。

 ③C/S(専門)領域「経験の再現」領域

  1. 「経験代謝」では、C/C(現実)領域から「経験の再現」として、この領域に展開し「経験の傾聴」を「無知の知」のスタンスで行います。
  2. キャリアカウンセラーは「クライアントの鏡になる」ことに専念し、クライアントの経験を相談の背景を含めて丁寧に再現をしてゆきます。
  3. 「経験の再現」を通じて、「意味の出現」が起こるとされていますが、ここでは次の2通りを想定しています。
    (1)S/C(専門)領域への展開⇒意味の出現
     クライアントが「経験の再現」によるキャリアカウンセラーに映った「鏡」を見て、自らが気付いていなかった自己の考えに気がついた場合に、「意味の出現」がS/C領域への展開として起こります。その結果、クライアントがこれまで意識していなかった課題を含めて解決に向けて進めることが出来ます。
     ここでのS/C(専門)領域への展開は「リフレクション」を通して起こりますが、これはクライアントがカウンセラーに映った自己の概念をみて、何かに気づくことだと考えてます。キャリアカウンセラーが「クライアントの鏡」になる過程では、キャリアカウンセラーのリソース(経験・知識)が反映します。それによってクライアントが気付いていなかった自己の影が見え、それが「意味の出現」に至ると考えています。その意味でキャリアカウンセラーとしてののリソース(経験・知識)が大切です。
     (2)S/S(創発)領域への展開
     クライアントが「経験の再現」の中で「意味の出現」として、「自己概念が成長」にまで気づきが到達する場合は、S/S(創発)領域のへの展開と捉えています。但し、この変化はキャリアカウンセラーが認識することは難しいかも知れません。
  4. この領域では、キャリアカウンセラーがクライアントをリスペクトすることが根底として大切です。

 

 ④S/S(創発)領域「自己概念の成長」領域

  1. これまで無意識であった領域に入る「自己概念の成長」が起こります。この領域への到達は、キャリアカウンセラーとクライアントの相互作用(円環的反応)による「創発」を経て起こると捉えています。
  2. この領域に到達する為には、次に示す「リフレクション」やそれに伴う新たな「気づき」が必要です。
  3. クライアントのこれまでとは全く異なる状況へとつながる自己概念の成長(意識の変化)による問題解決を期待できる領域です。この領域への到達には2通りの方法があります。
    (1)C/S(傾聴)領域からの展開
     C/S領域の「経験の再現」の中で「ありたい自分」に気づく場合。「経験の再現」の中でクライアントの「自己概念の成長」につながることがあります。これまで意識出来ていなかった相談の背景から、クライアントもそれまで充分意識出来ていなかった課題を解決する気づきを得てゆくことが出来ます。
    (2)S/C(専門)領域からの展開
     「リフレクション」とそこから更にクライアントの自己概念に関する「気づき」があった場合やクライアント自身の自己概念の成長により相談内容がより根本的なの解決が図れることに気づく場合等が該当します。
  4. 「自己概念の成長」はあくまでクライアントの内面で起こりますので、それが確立される為には外部環境との相互作用を経て初めて経験として確立されます。クライアントの「意味の実現」(新たな経験)として外部環境への働きかけから、環境との「軋轢」を経ることにより、「自己概念の成長」はクライアントにとって確固たるものに近づきます。この意味では、「意味の実現」は新しい次のC/C(現実)領域への展開が起こることでもあると認識する事が出来ます。

 「意識マトリクス理論」では「創発」の実現に向けての「経験の傾聴」と「リフレクション(ホンヤク)」の重要性を示していますが、これらが簡単に実践できる訳ではありません。「経験代謝のメカニズム」は「経験の傾聴」と「リフレクション」を含んだ関りをうまく実践できるメカニズムであると言えます。

 つまり、「経験代謝のメカニズム」は効果的に広義のキャリアコンサルティング・キャリアカウンセリングを行えるだけでなく、消費者インタビューで「経験代謝のメカニズム」を働かせればマーケティング結果を生み出し、メーカーの活動の中で働かせれば新製品やイノベーションにつながることを示しています。


 次からの項目では、「傾聴とリフレクション」が組織内での統合や創発の実現、営業活動・上司部下の関係性においても有効であることを提示します。最後には、この枠組みの基礎となる「本質主義と社会構成主義」についてとそこから派生する「経済学と経営学」についての考察を提示しています。


Ⅵ.組織内における意識マトリクス理論の応用

 M.P.フォレットは「創造的経験(1924)」において、組織内における各自の「経験」の交錯から「軋轢」・「統合」から「創発」にいたる過程を示していますが、意識マトリクス理論でその「創発」に至る枠組みを考察することが出来ます。

 ここでは、組織内における対等な個人間における枠組みを意識マトリクス理論を使って確認します。

参考)創造的経験  M.P.フォレット著  監訳者 三戸 公 (2017年7月 (株)文眞堂)

 

 それぞれの個人は自らの経験(知識)に意識があります。また、新たな他者との経験と交錯すると何らかの軋轢が発生します。

 ①C/C(現実)領域(交錯・軋轢の領域)

  1. この領域では個人A・Bのそれぞれの経験(知識)が交錯し、両者の間で軋轢(コンフリクト)が発生します。
  2. この領域での軋轢を解消する結果として、「抑圧」「妥協」「統合」があります。
  3. 個人A・Bがそれぞれ相手の経験(知識)を尊重できない場合は、モノロジックな対話の結果、「抑圧」「妥協」という軋轢による不満が解消されない状態で解決が図られます。この組織内における「抑圧」「妥協」の状態を解消する為には、ここまでに示してきたキャリアコンサルティングを活用することが出来ます。
  4. 軋轢(コンフリクト)は、個人A・Bがそれぞれ相手の経験(知識)を前向きに認知することにより、「統合」という形で解消されます。これは個人A・Bに今まで意識していなかった新たな経験をもたらし、C/S領域・S/C領域に展開され、「統合」という形で解消されます。

 ②C/S領域・S/C領域(統合の領域)

  1. この二つの領域は、個人A・Bは対等ですので同じ意味づけになります。この領域では相手の経験(知識)を尊重して「統合」している状態になります。これを効果的に行う為には、ここでもそれぞれが相手の「経験を傾聴」することが大切になります。ここでも「経験代謝のメカニズム」が有効になります。
  2. 相手の経験(知識)を認識することにより、新しい経験へ踏み出している状態です。
  3. 個人A・Bは、自己効力感が維持される必要があります。これによ、前向きな経験の「統合」の実現が期待できます。

 ③S/S領域(創発の領域)

  1. ここでは、②における個人A・B両者の「統合」の状態を経て、「創発」が出現する領域です。
  2. 個人A・Bが「統合」の状態から新しい経験を経て、お互いの「リフレクション」により、それまで個人A・Bとも経験していなかった領域で「創発」の実現が期待できます。
  3. 「創発」に至る為には、相手の「経験を傾聴」することと、「リフレクション」が大切になります。
    この関りは、「経験代謝」を理解し実践できるようになることにより、確実に行えるようになることが期待出来ます。
  4. この状態において、ダイアロジックな相互交流が実現し、組織内で正のグループダイナミックスが生まれるとも言えます。

1on1という視点では、あまり傾聴などを習得する機会のない上司等は、部下と対照的な関係性を前提としてここでの関りを進めると良いと言えます。

☆組織内おいてより結果を出せるように、「正のグループダイナミックス」を生み出すという視点から、上記の枠組みをグループ・組織に適応し、組織内の関係性を「統合」更には「創発」にもってゆくように、「傾聴」を使ったファシリテーションに応用する事も可能になります。


Ⅶ.営業活動における展開

 「経験代謝のメカニズム(傾聴とリフレクション《反映》)」は、営業活動の中でも活用をすることが出来ます。ここではその枠組みを考察します。

 下の図は、「キャリア開発の為の経営組織論」の中で示したバーナードの組織概念を使った自社の広域流通企業の営業担当者を中心に、広義の組織範囲の概念を表したものです。これが営業活動を考察する上での重要な組織概念となります。

 営業の担当者の組織というと、一般的には下図の左側の緑円で示された上司との関係性や所属する部署や企業を指すことが多いですが、幅広く組織の協働概念で捉えると、相手得意先との商談活動、消費者に届けるまでの販売活動、また下記のようにそれぞれにサポート部署がある場合は各部署まで含まれた幅広い概念となり、各円の中での活動連動や流通各段階担当者間の協働活動の確立が大切になります。この為には各協働体系における目的の明確化が大切です。

 商品を消費者まで届けるには、流通企業⇒卸(卸ベンダー)⇒個店での陳列⇒消費者の選択という作業をうまく行う必要があります。各段階における協働目的を明確化する為には、得意先担当者の所属組織における満足度の充足(CES)の実現が大切になります。

 営業活動においては、結果として同じ提案を行って同じ営業結果を得たとしても、得意先の反応が全く違う事に良く遭遇します。もちろん得意先の反応の満足度が高い方が、次の営業提案がうまく行く可能性が高くなります。

 アプローチとして、得意先の話をよく理解して上で提案をした場合と、自社のノルマなどの駆られて一方的に自社の商品のお願いをする場合では、その後の得意先の担当者との関係性が大きく違ってゆきます。このことは感覚的には把握が出来ており、これまで上の図を説明する場合に「まごころ商売に徹するように」とか「何かお役に立てることはありませんか?」と営業活動をスタートするようにと説明をしていました。

 ここではCES(Customer Employee Satisfaction)と表現をしていますが、得意先担当者の先方企業内における満足度を高める事を念頭に営業活動を進めて、得意先とのパートナーシップを築いていくことを大切にするという考え方が営業活動においては重要です。

 ただこれまでは、上記のように説明の仕方が漠然としたものであったのですが、意識マトリックス理論でより明確に枠組みが説明すること出来ますので、以下にまとめています。

 下図が、営業担当者が得意先とパートナーシップ(協働関係)を築くための意識マトリックス理論の枠組みになります。

上の図での中で言えば、CES(Customer employee  Satisfaction)を実現する為の枠組みという事になります。

この枠組みは、「まごころ商売に徹するように」等の漠然とした把握の仕方を、どのように営業活動を行えば良いのかより枠組みとして明確にすることが出来ます。

 

 この図にあるように、営業担当者は自社の「商品・サービス」に向いており、得意先の担当者の意識は自社の「社内課題(の解決)」に向いています。基本駅にはキャリアコンサルティングと同じ構造であるという事も大切です。

 

①「通常の商品売買による解決」C/C(現実)領域

  1.  この領域では、得意先担当者も営業担当者もそれぞれが意識出来ている領域ですので、単純な売買による通常の取引によって得意先の課題解決が図られます。
  2.  得意先担当者は自社の課題解決が図れるように、営業担当者から「商品・サービス」の提供を受けます。この領域では課題解決の主導権は得意先担当者にあります。
  3.  担当者間だけの関係性では、双方が必要な量を必要な量だけ供給するという関係を続けてゆくことにより、得意先担当者のCESが実現され、パートナーシップへの確立へとつながってゆきます。
  4. 得意先の「社内課題」を営業担当者が提示する「商品・サービス」で得意先担当者が解決できないと判断した場合には、「商品・サービス」を購入するという判断に至りません。この領域では営業担当者と得意先担当者の意識が交錯し、売る・買う・買わない・売らない等のコンフリクト(軋轢)が発生します。双方が満足出来ない場合には、それぞれに「抑圧」「妥協」による解決と不満足感が残ります。
     同様に、営業担当者の社内事情を受け入れて得意先担当者が必要数以上の購入をせざるを得なかったり、商品の欠品を受け入れその調整を行ったり、商品の販売不振などの目標未達によるコンフリクト(軋轢)が起こります。それらの解決の仕方により、CESが実現できるのかどうかで、得意先とパートナーシップを築けるのかが決まります。問題解決の結果、得意先担当者に「抑圧」「妥協」の感情が得意先担当者に発生した場合は、CESの実現は難しく、安定的な通常の取引で培われたパートナーシップが解消されることもあります。

 ②「既存商品での課題解決」(S/C(専門)領域)
   【「得意先担当者の社内課題の把握」C/S(傾聴)領域を経る必要があります】

  1.  この領域で展開される為には、「得意先の課題の認識」C/S領域を経ることが前提条件となります。
    この場合は、得意先担当者が今まで気づいていなかった得意先の課題を自社の「商品・サービス」で解決す提案を行う事が出来ますので、得意先担当者のCESを実現でき、パートナーシップの確立へとつながります。
  2.  一方で通常取引C/C領域からこの領域に直接展開した場合には、得意先担当者の営業担当者に対する絶対的な信頼が条件になります。このように「医師的」「診断的な」な関りで、有能なコンサルタントが自身の知識で得意先課題を断定し、それを自身の知識により課題解決が図られるような場合も想定されます。この場合、得意先担当者の社内評価にはあまり影響しませんので、CESの実現も難しく、パートナーシップが成立するかどうかも微妙です。
     一方で、結果として少しでも「得意先の社内課題」が解決されなかったような場合は、この関係の基礎となる信頼関係が減少しますので、取引の終了につながったり、得意先が選択の主体性を持つ通常取引の関係(C/C領域)に関係性が戻ったりします。
  3. 得意先の信頼感が無い状態で、営業担当者が自社の都合に合わせて一方的に新しい「商品・サービス」による得意先課題の解決案を提示しても、得意先担当者は自社の課題解決につながるかどうかの判断ができず、それは所謂「お願いセールス」になってしまいます。商談がもし成立したとしても得意先担当者に「抑圧」「妥協」の感情が発生し、得意先の不満となる可能性がありますので、CESの実現にはなりませんし、パートナーシップの確立も難しくなります。このような状態は営業担当者が得意先担当者に「借り」を作った状態になりますので、「通常取引のC/C領域」において「貸し」を返す必要が出てくるかも知れません。この「貸し借り」の関係性はパートナーシップとは少し違った関係性であると認識をしています。
  4. 最初の1で提示したように、下記のようにC/S領域から「得意先の社内課題の把握」を経て、それまで得意先が気付いていなかった課題も、既存の商品・サービスで解決できる可能性がある領域です。

 ③「得意先の課題の把握」c/S(傾聴)領域

  1.  この領域では、営業担当者が得意先担当者の社内課題の把握を行います。
  2.  営業担当者は自身の意識外の範疇ですので、得意先担当者の社内での経験を丁寧に傾聴する必要があります。
     ここでの傾聴のポイントは、自社の「商品・サービス」に関する知識は一旦棚の上に置いて、得意先担当者の社内における経験を聴くことに意識を集中させることです。
  3. ここで得られた得意先の課題解決には次の3種類があります。
    (ア).「通常取引の延長線上での解決」「C/C領域」の拡張展開
     得意先担当者がすぐに話題に出せるような社内課題は、自社の「商品・サービス」で、「通常の取引C/C領域」の拡張として解決が可能です。
    (イ).「既存商品での解決」(S/C領域)への展開
     営業担当者が得意先担当者の経験を傾聴する過程で、得意先の社内課題に気付き、それを自社の「商品・サービス」で解決出来ると認識できた場合は、上述したようにこれまで得意先の気付いていなかった課題を自社の「商品・サービス」で解決をすることが出来ます。この関りおいても「経験代謝のメカニズム」を活かすことが出来ます。
    (ウ).「新商品(新提案)・イノベーション領域(S/S領域)への展開
     営業担当者が新たな得意先課題を認識し、それを解決する為に新たな「商品・サービス」を創造する場合は、「創発・イノベーションの領域S/S領域」に展開出来ます。これまで双方が意識がしてもいなかった「新商品」「新サービス」等のイノベーションにより課題の解決が図られます。これについては、次の領域で示します。

 ④「新商品(新提案)・イノベーションによる課題解決」S/S(創発)領域

  1.  この領域では、双方の担当者がこれまで意識をしていなかった形で、これまで充分に認識されていなかった社内課題を新しい「商品・サービス」による「創発」にて社内課題の解決を図ります。
  2.  ここでは、得意先の社内課題に沿った新しい「商品・サービス」が創発されていますので、得意先に大きなメリットのある提案が実現できますので、CESも実現できるとともに得意先とのパートナーシップが促進されます。
  3.  ここでの「創発」は、営業担当者と得意先担当者の両社にとって新しい「商品・サービス」によるイノベーションが期待できますので、双方の社内評価が向上する事も期待できます。この「創発」が実現される為には、営業担当者と得意先担当者それぞれが所属する部署や会社で「正のグループダイナミクス」が実現されていることも大切になります。
  4. この領域に達する事が出来れば、会社同士のパートナーシップも確立することが可能ですので、より良い環境にて営業活動を進めることが出来ます。

 このように営業担当者が「経験代謝」や「傾聴・リフレクション」の知識を持つことが営業活動では有効ですが、営業活動を統括するマネジャーがこのような認識を持つだけでも十分に有効に機能させることが可能です。

 営業担当者が「経験代謝」のスキルを充分に持たない場合でも、最初に示したように「まごころ商売に徹するように」とか「何かお役に立てることはありませんか?」と営業活動をスタートするように説明をすることで、マネジャーがしっかりここでの枠組みを認識しながら営業活動でのリーダーシップを取ることが出来れば、競合他社や社内に対して十分に優位に立てるような営業活動を展開することが出来ます。

 但し、予算達成の結果ではなく、営業のお願いセールス活動や一時的な期末の意気込みが営業努力としてより評価されたり、数字の良い所に更に期末に数字を上乗せするようなマネジメント力が乏しい社内環境で日頃の営業努力が評価されない場合には、自社の社内で十分に評価がされないこともあります。このような社内環境が続き、組織全体の営業活動の成果が上がらない場合はキャリアカウンセリング型組織開発®を活用し、組織内のナラティブの改善や組織のマネジメント力の改善から進めてゆく必要があります。


Ⅷ.上司と部下の関係性

 現在、上司と部下の1on1ということが広く意識されつつあります。意識マトリックス理論で上司と部下の関係性を改めて見直してみる事も出来ます。当然、上司は部下より優秀だと社内で公式に認定されているので上司なのですが、現実問題として「実務わかってるのかなぁ?」と部下の上司を小馬鹿にするような発言を聞くことはよくあります。そのような事も踏まえつつ、ここでは「上司と部下の関係性」を意識マトリクス理論の枠組みで確認してみたいと思います。「傾聴とリフレクション《反映》」が社内での上司と部下の関係性においても重要なことを理解することができます。

 この図の場合では、上司の意識は通常自らの管理の為に「自身理論」に向いているが、部下の意識は「業務課題の解決」に向いています。大切な点は基本的には、ここでもキャリアコンサルティングと同じ構造だという事です。

 

①「単純な指示・依頼」(C/C(現実)領域)

  1. ここまででも確認してきたように、この領域では双方が意識出来ている領域ですので、上司・部下とも業務上の課題を認識し、部下は上司の指示に従う事により、業務上の課題を解決する事が出来ます。上司の下で部下が自分の裁量で課題を解決出来ている場合もこの領域の範疇になります。
  2. 部下の「業務上の課題」を上司の「理論(方策)」で解決出来れば、双方に満足感をもたらしますので、両者の信頼性が醸成されます。
  3. 部下は上司を信頼し、指示に従って課題解決にあたりますが、上司の指示自体が間違っていたり、部下の力量が伴わず、課題解決がうまく行かない場合は、部下には「抑圧」「妥協」の感情が発生するとともに、上司に対する信頼感が低下します。
    逆に部下が上司の指示に従わず、結果も伴わない場合は、上司にも不満の感情が発生し、「抑圧」「妥協」という解決策を選んでゆくことになります。
  4. ここで発生したコンフリクト(軋轢)は、それぞれが相手の経験を理解し、前向きに認知することにより解消されます。
    これは、「部下の課題・背景の把握」(C/S領域)で展開をされます。

②「上司による新たな助言と指導」(S/C(専門)領域)

  1. 上司は部署全体の課題を解決する為に部下に課題解決に関する指示を出しますが、この場合は他の事例と同様に「部下の課題・背景の把握」(C/S(傾聴)領域)を経由をする必要があります。経由をしているしていないで、部下の指示に関する理解度と解決に向けての考動が変わってきます。
  2. 「部下の課題・背景の把握」(C/S(傾聴)領域)を経由をしていない場合は、この領域では部下は組織や彼の業務上の課題が認識できていませんので、上司の指示を充分理解できているとは言い難い状況になります。図の左側にあるように、上司は自らの知見に基づいて一方的に指示を出し満足度は高くなりますが、部下は業務上の課題も認識できずに指示を受けている状態になりますので、不満足が高くなります。「抑圧」の状態となり、悪く進めばメンタル疾患や上司のパワハラと受け取ることにもなりかねません。
  3. 「部下の課題・背景の把握」(C/S(傾聴)領域)を経由をした場合は、部下の経験の話に基づいて業務上の課題に気付くことが出来ています。部下は自らの業務上の課題を認識した上で上司の指示を受け入れますので、上司の指示に対する納得性が高くなります。「部下の課題・背景の把握」(C/S(傾聴)領域)でどの様な事が必要かは次に確認をします。

③「部下の課題・背景の把握」(C/S(傾聴)領域)

  1.  この領域では上司が部下が感じている「業務上の課題やその背景」を認識する必要があります。このような課題は上司の意識外の事柄ですので上司は質問の形では状況を把握出来ませんので、部下の仕事の働きぶりなどの経験やその背景を傾聴し認識する必要があります。
  2. 部署課題の解決に結びつける為、「リフレクション」によりS/C領域に展開し部下に指示を提示する必要があります。ここでの「リフレクション」はいわゆる「マネジメント」と呼ばれているものに近くなるかも知れません。この関わりにおいても、上司が(傾聴とリフレクションのメカニズムである)「経験代謝のメカニズム」を活用をすることで、関りをうまく進める事が出来るようになります。
  3. 部下の課題把握の過程で、上司の従来の考え方・「理論」そのものを変える必要に気づいた場合は、「対話による業務改善」(S/S(創発)領域)に展開することが出来ます。まったく上司と部下ともこれまで気づいていなかった課題解決の方法や組織課題の解決法が生みだすことが出来ます。

④「対話による業務改善」(S/S(創発)領域)

  1. この領域では上司と部下との相互の信頼関係に基づいた対話から、それまで双方が意識していなかった課題に全く新しい対応策に気づき、新しいアイデアが生まれるいわゆる組織内における「創発」の領域です。
  2. この「創発」が生まれるような関係性は彼らの組織で「正のグループダイナミクス」が実現されていることになります。
     このような関係性を自らの組織で実現する為には、ここで示したようにそこでのリーダーが各メンバーの業務上の経験を傾聴し、しっかりと「リフレクション」することが必要となります。この関りには「経験代謝のメカニズム」を活用することが出来ます。

1on1で上司にキャリアに関する充分なスキルがある場合は、部下の「業務課題」を「キャリア課題」と置き換えて、この枠組みで対応をすることが出来ます。上司に十分なスキルがない場合は、前述の対称的な関係として関わる方が無難です。その場合でも最低限の「傾聴」スキルが必要となります。


 【部下からの視点】

 実際のキャリアコンサルティングにおける悩みとしては、部下が上司から理解されない、上司のことが理解できないという上記の図とは関係性が逆になる相談が多くなります。実はこの場合は「部下」が、「上司」の指示や「理論」の背景にある経験を傾聴し、上司を理解することにより解決できる可能性があります。但し、実際問題として、就労時間中に部下が上司の指示に対して経験を傾聴するということも現実的には難しいことです。その為か過去の日本の組織では上司が部下を飲みに連れだし、無礼講ということで部下とある程度対等に対話する「社内飲み会」が会社の費用にても行われてたりしていました。(京セラの「わいがや」等)ここでは、上司が部下に昼間指導した事のそれに至る気持ちを説明したり、そう判断した「経験」を語って、部下からの悩みの軽減に努めていました。(努めているつもりでした。もしくは双方がストレスを一緒に発散しているつもりでした?)。また、先輩後輩や同僚同士の意見交換やその背景等も語られたりしていました。

 近年においては、仕事時間以外に会社の人と過ごすののは非効率であるとか、上司の経験談を「いつも上司の自慢話でつまらない」ということ等で下火になっています。この意味では部下が上司のつまらない過去の自慢話(経験)を傾聴する力を養う為に、部下にとっても経験代謝のメカニズムの習得が有効化だったかも知れません。

 また、コロナ禍により在宅勤務が増え、会議時間以外の上司との触れ合う時間が減ると、更に上司の指示を出した理論の「経験」を聞くことが減り、日本の組織文化の中ではより上司との関係性は難しくなっていくかも知れません。また、社外懇親の場である居酒屋自体が2年近くも消滅している状態ですので、時間的にも費用的にもこれを復活させることは難しい状態になるかも知れません。そういう面からも、この関係性の機能を会社の時間内でやる場合には、キャリアカウンセリング型組織開発®が有効になります。

 ここまでに示したように、「経験代謝のメカニズム」つまり、「経験の傾聴とそれに伴うリフレクション」のテクニックは、キャリアカウンセリングだけでなく、マーケティングや営業活動、社内活動の活性化、上司と部下の関係性の改善等幅広く活用することが出来ます。この大きな要因は、組織社会が「本質主義的な思考」と「社会構成主義的な思考」が併存しているからだと考えています。特に近代は「本質主義的な思考」をもとに進められ、勉学や受験活動において身に沁みついていますが、昨今はポストモダンへの以降に伴って「社会構成主義的な思考」の重要性が増してきたからだと考えています。

 続いては、意識マトリクス理論で「本質主義」「社会構成主義」の一面を俯瞰してみたいと思います。


Ⅸ.本質主義と社会構成主義

 コンサルティング等の支援関係ににおいて、本質主義的な関りとは相手を傾聴をしているつもりでもクライアントの中に「解決の答えがある」とか、周囲との関係性において解決に結びつく「答えがある」と仮定して話を進めてゆくことです。一方で社会構成主義的な関りとは、クライアント自身や周囲との関わりにもともと根本的な課題などは存在せず、クライアントの自身の認知・発言や周囲との対話によって課題(軋轢)という形が発生していると捉えることになります。

 但し、本質主義と社会構成主義は併存していると捉えています。クライアントが特定の時点での本質主義的な課題解決を求めていることが多いこともあり、下記の図のようにそれぞれを意識しながら、2つの関りをうまく組み合わせてゆくことが大切です。

 この図は、意識マトリクス理論(キャリアコンサルティング②)と共通する部分が多いですが、我々が学校教育で受けてきたモダンな本質主義的な関りと現在進行中のポストモダンにおける社会構成主義的な関りを枠組みとして示してみたものです。

 

 「本質主義」は、理論的原因究明・課題解決に意識が向いていますが、その為にまだ理論的に解決できていない未解決の社会の課題については十分に認識が出来ていません。一方、社会構成主義は「対話」に意識が向いていて、対話により社会課題が構成されます。但し、本質主義と同様に対話による社会課題が構成がされていない領域(無意識の領域)ももちろんあります。 

①「それぞれが意識出来ている社会課題」領域(C/C(現実)領域)

  1. ここでは双方が意識出来ていますので、理論的な単純な方策により解決が可能です。
  2. 「社会構成主義的に把握された課題」を「本質主義的な理論」解決が出来る領域です。実際にはこのような形で解決されることも多いと考えられます。
  3. 一方で、「社会構成主義的に把握された課題」を「本質主義的な理論」で解決できない場合等は、社会構成主義的な立場から「本質主義的な理論」な理論や本質主義自体への信頼感が損なわれます。
    ここではそれぞれの立場からのコンフリクト(軋轢)が発生する領域です。ここでは双方に対する批判の感情が生まれてしまいます。
  4. ここでのコンフリクト(軋轢)を解消する為には、それぞれの立場を理解し前向きに認知する必要があります。これは、C/S領域やS/C領域にて、「統合」という形で解消がされます。

②「新たな方策による課題解決」領域(S/C(専門)領域)

  1. 本質主義的な立場から理論的な課題解決の目途はたっていますが、その課題自体が社会的に構成されていない為、課題解決に進めないか、課題が解決されているという認識が社会的に構成されません。
  2. ここでの本質主義的な課題解決が社会的に構成をされる為には、一旦、課題が社会的に構成されてはいるが、本質主義的な理論的解決が実現をしていない「未解決の課題把握の領域」(C/S領域)を経由する必要があります。
     これにより、二つの立場が「統合」され、双方から違和感のない解決を図ることが出来ます。
     

③「未解決の課題把握」領域(C/S(傾聴)領域)

  1. 社会的に課題が構成されていますが、本質主義的な立場からの理論的な課題解決が提示されていない領域です。
  2. 社会的な構成の変化により課題が消えてしまうこともありますが、環境破壊への対応など本質主義的な課題が構築された場合には、本質主義的な課題解決が必要となりますが、本質主義的な課題解決策はまだ見つかっていない領域です。
  3. この領域での本質主義的な課題解決を実現するには、本質主義的な立場から対話に耳を傾け(傾聴し)、社会的に構成されている課題を認識する必要があります。この認識が出来るとS/C(専門)領域における既存の理論での解決を提案したり、S/S(創発)領域にて新たな理論的解決を「創発」として実現できることになります。

④「新パラダイム(新たな構成)による解決」領域(S/S(創発)領域)

  1. ここでは、これまで社会的に構成されていなかった課題を新たな本質主義的な新発見による解決が期待できる領域です。
  2. この領域に到達する為には、「未解決の課題把握の領域」(C/S(傾聴)領域)にての新発見の気づきがあるか、「未解決の課題把握の領域」(C/S(傾聴)領域)から「新たな方策による課題解決」(S/C(専門)領域)に展開し、既存の理論的解決を図る中で新たな発見があり、「新パラダイム(新たな構成)による解決」(S/S(創発)領域)に展開される場合になります。

Ⅹ.経済学と経営学

 同様に「経済学(新古典派経済学)」を本質主義的な捉え方と課題解決、経営学を社会構成的な課題把握とその課題解決と捉えると、同様の枠組みで捉える事が出来ます。

 ここでは「経済学(新古典派経済学)」は数理分析による解決を意識し、経営学は社会的に構成された課題とその解決に取り組むとしています。

①「それぞれが意識出来ている社会課題」領域(C/C(現実)領域)

  1. ここでは双方が意識出来ていますので、理論的な単純な方策により解決が可能です。
  2. 経営学として構成主義されたの課題の解決が、経済学の理論にて実現することが出来ます。
  3. 但し、うまく解決できない場合は双方に不満が残り、「抑圧」や「妥協」が生まれるエリアでもあります。

②「新たな方策による課題解決」領域(S/C(専門)領域)

  1. 経済学の立場から理論的な課題解決の目途はたっていますが、その課題自体が経営学としては構成されていない為、経営学としての課題解決に進めないか、課題が解決されているという認識が経営学的には意識されていません。
  2. ここでの経済学からの課題解決が経営学の受け入れられる為には、一旦、経営学的に課題が構成をされているが、まだ経済学としての理論的解決が実現をしていない「未解決の課題把握の領域」(C/S(傾聴)領域)を経由する必要があります。

 

③「未解決の課題把握」領域(C/S(傾聴)領域)

  1. 経営学としての課題が構成されていますが、経済学の立場からの理論的な課題解決が提示されていない領域です。
  2. 経済学としても課題解決が必要となりますが、経済学としての課題解決策はまだ認識されていない領域です。
  3. この領域で経済学としての課題解決を実現するには、経営学の立場からの課題構成の認識をを認識する必要があります。この認識が出来るとS/C領域における既存の数理理論での解決を提案したり、S/S領域にて新たな数理理論的解決を「創発」できることになります。

④「新パラダイム(新たな構成)による解決」領域(S/S(創発)領域)

  1. これまで経営学としても認識されていなかった課題を新たな経済学的な発見による数理解決が実現できる領域です。
  2. この領域に到達する為には、ここまでの他のメカニズムと同じですが、「未解決の課題把握の領域」(C/S(傾聴)領域)にての新発見の気づきがあるか、「未解決の課題把握の領域」(C/S(傾聴)領域)から「新たな方策による課題解決」(S/C(専門)領域)に展開した上で、既存の理論的解決を図る中で新たな発見があり、「新パラダイム(新たな構成)による解決」(S/S(創発)領域)に展開される場合になります。


 「社会構成主義と本質主義」は、併存していると捉えると「経営学と経済学」を含めてどちらが優位という認識にはなりませんので、縦横を逆において眺めてみることも出来ます。以下の解説は、ここまでの解説内容や目的と離れてしまい、分かりにくくなりますので、図表の提示だけに留めておきます。


☆「意識マトリクス理論」に関するマーケティング関連情報は、こちらを参照下さい。リンク先からから「意識マトリクス理論」に関する論文「マーケティング実務における初心者理解促進と品質向上の為の定性調査体系の試み」(井上昭成,2020)がダウンロード出来ます。



 【アクティブリスニングインタビューに関する メモ】

・生活工学に基づいている。

・ニーズスパイラル分析と併用し、商品コンセプトに結びつける

・ニーズ ⇔ 行動 ⇒ 満足

⇒トレードオフ (お金・時間・手間)

 

・意識マトリックス理論での各領域の分類

  • C/C領域 ⇒ 設問
  • S/C領域 ⇒ 詰問 (深堀)
  • C/S領域 ⇒ 話題提示・適宜確認 ⇒ 具体化・構造化
  • S/S領域 ⇒ 仮説推論(アブダクション)

・未充足ニーズの特定

  1. 聴取領域(行動変化・社会変化)
  2. 推論領域(Not happy ・Happy) × Gain ・Pain
  3. 未充足ニーズ(創造領域)
  4. コンセプト開発
  5. スクリーニング