M.P.フォレットの思想


 M.P.フォレットの思想について、比較的最近の情報はこちらを参考にしてもらうとして、

ここではこれまでどのようにM.P.フォレットの思想が取り上げられ来たか等をまとめるページとしています。

まず、最初に高宮晋「経営組織論」と占部都美「近代管理論」から取り上げてみます。


 高宮 晋 著 「経営組織論」 昭和36年6月 初版発行 昭和48年8月 29版 ダイアモンド社 発行より

(第2節のバーナード「人間関係」と第4節のサイモン「意思決定過程」の間に置かれている。また、索引にも明記されている。)

 

第三章 経営組織構成の原理

第三節 職能を中心とする見解

 第3の見解は、職能を中心とする見解である。それは究極的権限(final authority)、権限の委譲を中心に考える見解に見解に対立するものである。第二の見解は、人間関係における受容の観点からこの権限中心の観点を批判したものであるが、第3の見解は、職能という基調からこれを批判する。フォレット(M.P.フォレット)次のごとく言っている。

「究極的権限(final authority)は幻想である。各人それぞれ職能(function)を持っている。科学的に管理されている経営においては、調査と科学的研究によって職能が規定されている。各人は彼の職能(funaction)ないし仕事(task)とちょうど同じだけの━それよりも大きく小さくもない━責任(義務)(responsibility)を有するべきである。彼は責任(義務)とちょうど同じだけの━それよりも大きく小さくもない━権限(authority)を持つべきである。経営組織においては職能(function)、責任(resposibility)、権限(authority)は三位一体となっているのであって、密接不離の関係にすべきである。」ここでは職能が決定的要素である。‥‥‥‥究極的権限があり、それが漸次委譲されてゆく「権限の委譲」はここではあり得ない。(P42-43)

 「職能・権限・責任は組織計画(plan of organization)の中に内有されているのである。組織計画においてまず職能定められ、それに対応する責任と権限が定められるという考え方である。組織の本質は、職能・権限・責任の交織(interweaving)である。」

「権限が人間活動を調整するのではない」「正常なる権限は調整から導き出されるのであって、調整が権限から導き出されるのではない。」

 調整は本来職務上の調整であって、職能の体系に基づいてなされうるものである。‥‥‥‥この交錯した職能に対応して、累積的な責任(cumulative responsibility)が形成され、更にこれに対応して、累積的な権限(cumulative authority)が形成されている。ここに存在するものは、究極的権限(final authority)ではなくて、交錯した職能に対応して、積み重ねられた権限である。(P44)

「組織の最も良い方法は、究極の権限の為の場所を細心に論理的に作り上げることではない。それは累積的な責任の為の可能性を提供するところのもの、経営に実際に存在しているすべての責任事項を結びつけているところのもの、各人、各グループの責任事項を交錯された職能体系(system of cross-function)の形成によって、より能率的に運行せしめるところのものである。」ここでは、組織の本質は交錯された職能体系と考えられている。組織の構成原理は職能の体系化と言うところに求められている。

 

参照:M.P.Follet:Dyanamic Administration 1947年 (P147/P149/P150/P159)


占部 都美 著 「近代管理論」昭和56年2月 白桃書房 発行より

 

 フォレットは、「一人の人が他の人に命令を与えてはいけないのであって、両者は情況(situation)から命令を受けることに同意しなくてはならない」と述べている。経営者は、情況によって与えられる命令を受容するのであり、従業員も、同じ状況から与えらえて命令を受容するのである。だから、情況の法則(the law of situation)を発見し、命令を非個人化することによって、命令は従業員にも人格的な屈辱感なしに受容される。科学的管理法は、時間動作研究を通じて、作業標準の設定についてこのような「状況の法則」を発見することを企図したものである。

 フォレットの説によれば、命令は変化する状況の一部であるときに、その権限は受容される。つまり、情況の権限(the authority of the situation)のみが真の権限であると解釈されている。従って、権限が受容される為には、「状況の法則」の発見が必要であり、その為には管理者と部下の間に、情況に対する共同研究の態度がとられることが良い精されるのである。

参照:M.P.Follet:Dyanamic Administration, ed. by Urwick  and Metacalf 1940年 (P59)

 

《参考》

『バーナードのように権限受容を個人的な条件を強調するにせよ、あるいはフォレットのように権限受容の非個人的な条件を重視するにせよ‥‥‥‥組織における権限の条件としては不安定である。‥‥‥‥バーナードの権限受容の理論は、次に述べる権限の客観的側面の裏付けによって、はじめて、現実的な理論にされるものであることを注意いなくてはならない。』

【参考:指示における無関心層】


 フォレットが「創造的経験」(1924年)を出版した当時、つまり、1929年の大恐慌前の景気絶頂期の全体の雰囲気としては、「オンリーイエスタデイ」で次のような記述がみられる。

 

「・・・彼ら(知識人)の中の若年層は実際にフロイトにの取って心理学を愛好していた。また、多くに知識人は、ファンダメンタルという言葉が新造されるづっと前から、新しい科学的知識の帰結として、不確定性の問題について考えていた。」

 (九章 知識人の反乱 P304より)

「大量生産と機械文明がアメリカ文化及び自分自身に与えた影響を彼らは恐れていた。また、彼らは、フォード主義とチェーンストア的頭脳によって単調に平均化された文明の中で、自分たちの権利を守るために、最後の土壇場で戦っているのだと思っていた。」

 (九章 知識人の反乱 P315より)

「(年長で賢明な)これらの知識人たちはまた、科学的真理と科学的方法とを信じていた。」(P319)

「生活の中から確信が失われた。更に悪い事には、確信は科学それ自体からも離れ去ったのである。かつて神の秩序を否定した人々は、まだ確実な自然の秩序に依拠することが出来た。だが今ではそれさえも揺らいでいる。アインシュタインの相対性原理は、新たな不確実性と疑念とを導入した。かくて、確実なものは何もなくなり、人生の目的は発見できなくなり、人生の終焉はまた更に発見しにくくなった。こうした霧の中に閉じ込められていては、人間がそれに依拠し、これこそ実在するものだとか、これは持続するだろう等と言う事が出来る確実なものは一つもなくなったのである。」

(九章 知識人の反乱 P320より)

 

参考) オンリー・イエスタデイ F.L.アレン著 藤久ミネ訳 株式会社筑摩書房 初版1986年12月 1998年6月文庫版第3刷